理科教材データベース
岐阜大学教育学部理科教育講座(地学)
ロシア白海における蜃気楼の高度変化[1]



 ロシア,白海のウインターコースト(Winter Coast)では,北に広がるバレンツ海から冷たい海水が流れ込んでおり,蜃気楼が頻繁に観測される[2].もっとも多く見られる蜃気楼は,正立像の上に倒立像が重なるもので,海水表面付近の大気が冷やされることが原因と考えられる.
 ウインターコーストでは海岸に沿って標高差120mの急崖が続いており,2003年7月3日22時から翌日1時にかけて斜面を登って,腕時計(CASIO PRO TREK)についている温度計で気温の高度変化を測定した(第1図).この図に示されるような上暖下冷の温度構造の時には,正立像の上に,倒立像が重なるような蜃気楼が観察される.第2図左は,この日の10時40分ごろ,海岸から標高約25m付近までの範囲でみられた蜃気楼の画像である.観測者の高度が上がるにつれ,船の像は変化していき,標高25m辺りで像は見られなくなった.
 このような高度とともに蜃気楼が変化する現象を理解するために,数値シミュレーションを行った.船までの距離は直接測定していないが,蜃気楼になっている船が2本のクレーンをもつコンテナ船で,その全長は120m程度であることと,船を見込む角度が6ミリラジアンであることから,約20kmと推定した.計算にはLehn (1985)の方法[3]を用い,海面での気圧を1気圧として,観察された蜃気楼の像を再現する大気の温度構造を探った.
 第2図右は第1図の温度構造を与えた場合の光路の計算結果である.この例でわかるように,低い高度では,海面付近を通過するあまり屈折の影響を受けない経路を通過した正立像と,射出角が高く大きく屈折した経路を通過した倒立像がみられる.さらに詳しく見ると,中央部に左上がりに光路線の密度が高い部分があり,この部分より下側にあるものは正立像しか見えない.観察者の高度が高くなると,この光路線の密度の高い部分は観察者に近づくように変化し,倒立像としては物体の下側へと視野が広くなるように変化する.また20〜30km付近にほぼ水平に見られる消失線(第2図右,破線)は,観察者の高度が高くなると相対的に低くなる.すなわち観察者から見える正立像と倒立像の境界の消失線は物体に対して下がっていく.また,高度25mの計算結果では,観察者が逆転層の中ほどに位置し,遠くのものは見えなくなる.これらの傾向はロシア白海で観察された現象と良く一致する.
 上暖下冷の温度構造の場合,与える温度逆転層の厚さ,温度勾配,高度によって計算結果に細かい変化はあったが,観察者が温度逆転層より下を上昇して行くときには消失線の位置の低下は緩やかであり,観測者が逆転層下部に到達すると急激に消失線は低下し,遠くのものが見えなくなっていくという傾向は共通している.
参考文献
[1]川上紳一・東條文治(2004):ロシア白海における蜃気楼の高度変化,天気,505−506
[2]川上紳一・東條文治(2003):ロシア白海における蜃気楼で沈まなかった太陽,天気,50,829-830.
[3]Lehn, W.H.,1985:A simple parabolic model for the optics of the atmospheric surface layer, Appl. Math. Modelling, 9, 447-453.




図1:温度構造
(黒丸は実測データ)
図2:観測された蜃気楼と光路の
数値シミュレーション結果
全高度一覧
→高度別に分割
 25m | 20m | 15m 
 10m | 05m | 00m