地球の化学

分化

均質なものがいくつかの異質な部分に分かれることを,分化という。誕生して間もないころの地球内部は融解し,それが固化する段階でいくつかの層に分化した。密度の大きな金属は中心に集まって核となり,揮発性の高い元素は地球を取り巻いて原始大気となった。分化の過程で固相,液相,気相で元素の分配が起こり,各層の大まかな化学組成ができあがった。
それぞれの元素の分配は,分配係数で決まる。分配係数は,温度・圧力・酸化還元状態の関数である。逆にいえば,各層の化学組成と分配係数から,それらの層がどんな環境で形成されたのかを知ることができる。

コンドライト・モデル

コンドライト・モデルとは,コンドライトの化学組成から推定された,地球の平均化学組成のモデルである。
コンドライトとは,コンドリュール (直径約100 μmの丸い粒子) を含む隕石である。コンドライトにもいくつかのタイプがあり,どのタイプの組成を使うかによって,いくつかのモデルがある。
地球全体の化学組成は,炭素質隕石 (C1コンドライト) に近い。地球内部の分化過程を研究するには,分化する前の地球の平均化学組成が必要なので,C1コンドライト・モデルが広く使われている。

かんらん岩

かんらん岩は,地球の上部マントルを構成する岩石である。かんらん石,輝石,ざくろ石などの鉱物からできている。
かんらん岩が含まれる岩体は,造山運動でリソスフェアが地表に露出してできたオフィオライト岩体や,キンバーライト質マグマの噴出ともなって深部マントル物質が取り込まれた捕獲岩 (ゼノリス) である。
最近,西太平洋の火山岩体に含まれる捕獲岩が研究され,深さ600 kmからやってきたことがわかった。この岩石は,マントル物質を研究するための貴重な材料となった。

パイロライト

中央海嶺へ向かって上昇したマントル物質は,部分融解し,玄武岩質マグマを発生させる。いっぽう,融け残りの固体部分は,海洋地殻の下のリソスフェアを形成する。
リソスフェアはかんらん岩質なので,玄武岩質マグマを発生させる前の深部マントルは,かんらん岩と玄武岩を混合させた組成を持つと思われる。リングウッド[解説]は,その考えに基づき,かんらん岩と玄武岩を約3:1の割合で混ぜた組成をもつ仮想的なマントル物質を提唱した。
それがパイロライトである。

中心核物質

地球の中心にある金属質の部分が核で,液体の外核と固体の内核からなる。
核は鉄隕石と同じ鉄‐ニッケル合金でできている。核の半径は3500 km,内核の半径は1350 kmである。
地震波速度や密度から,外核には10質量%の軽い元素が含まれていることがわかる。軽い元素には,酸素・硫黄・ケイ素・水素などが考えられるが,まだ定説はない。
内核は,六方最密充填構造のεイプシロン相である。内核は,地球内部が徐々に冷えるにつれて,生長した。

親鉄元素

親鉄元素とは,鉄と結びつきやすい元素で,クロム,マンガン,モリブデン,ゲルマニウムなどである。それに対し,岩石 (ケイ酸塩) と結びつきやすい元素は親石元素である。この2つの言葉は,ゴルトシュミット[解説]が,元素の化学的性質を分類するのに最初に用いた。
46億年前に無数の微惑星の集積で地球が形成されたとき,地表は衝突の熱でどろどろに融けたマグマで覆われた。マグマ・オーシャンである。マグマ・オーシャンの中で,金属層とケイ酸塩層が分離し,中心核とマントル (および地殻) の分化が起こった。このとき,親鉄元素は金属層へ溶けて核へ運び去られ,マントルや地殻を構成する岩石には親石元素が入り込んだ。
かんらん岩の化学的研究から,マントル中の親鉄元素の存在度が調べられている。その量は,金属相と珪酸塩質メルト (溶岩) の間の元素の分配係数から見積もられる量よりも多い。これは,核とマントルの分化が,地球深部の高温高圧下で起こったからだと言われている。

白金属元素

ルテニウム,ロジウム,パラジウム,イリジウム,オスミニウム,白金の6元素は,耐腐食性の金属元素であるなど,共通の化学的性質をもつので,白金属元素と呼ばれる。白金族元素は,地表付近の岩石には極めて乏しい。それは,白金族元素は鉄といちじるしく結びつきやすく,核の形成のときに,金属相に溶け込んだからである。
隕石や宇宙塵などは未分化なので,地球の地表より白金族元素が多い。6500万年前のK/T境界粘土層に含まれるイリジウムの量を分析し,予想以上に多量に含まれていることから,恐竜絶滅についての天体衝突仮説が提唱された。

希土類元素

スカンジウム,イットリウム,原子番号57番のランタンから71番のルテチウムまでの17元素は,最外殻の電子が同じ2個なので,化学的性質がよく似ており,希土類元素と呼ばれる。原子番号が大きくなるにつれて,イオン半径が規則的に変わるので,岩石試料の希土類元素の存在度をコンドライト組成で規格化して,存在度パターンとして表すと,岩石の成因を探る重要な情報が得られる。大陸地殻には,原子番号が小さい希土類ほど多く,上部マントルに起源する玄武岩は,原子番号の小さい希土類ほど少ない。大陸地殻物質と上部マントル物質は,相補的な存在度パターンを示す。

希ガス

希ガスに属するヘリウム,ネオン,アルゴン,クリプトン,キセノン,ラドンは,最外殻が電子で満たされているので,化学反応しにくい。不活性ガスともいう。
地球が形成されたとき,希ガスも微惑星といっしょに集積したため,地球や惑星の大気,地球内部から脱ガスしてくる火山ガス,かんらん岩などのマントル物質,隕石にも希ガスが含まれている。また,これらの元素には同位体があり,同位体比から希ガスの起源がわかる。地球や惑星大気,地球物質や隕石の希ガス同位体比は,地球大気に近い組成のプラネタリー・タイプと,太陽大気に近い組成のソーラー・タイプがある。
P/T境界の黒色泥岩は,2億5000万年前の生物大量絶滅事件のときに堆積した。その中から,フラーレンのインクルージョンとして希ガス同位体比が,ソーラー・タイプ組成だったので,この生物大量絶滅事件も天体衝突が原因だとする説が出された。
アルゴン40はカリウム40が崩壊してできる核種であり,岩石の年代測定にも利用されている。

宇宙存在度

宇宙における元素の存在度 (割合) を,ケイ素 (Si) を10⁶として表した数値のこと。
太陽や星のスペクトル (プリズムなどを使って光を波長ごとに分けたもの) には,多数の吸収線がある。これは,太陽や星の大気中にある元素が特定の波長の光を吸収するからである。すなわち,波長から元素の種類が,吸収の強さから存在度がわかる。
一方,隕石の中にも,宇宙の化学組成に近いものがある。炭素質隕石 (揮発性成分を最も多く含む始源的隕石) の化学組成から推定された元素の存在度は,太陽や星の吸収スペクトルから推定された存在度とほぼ一致する。これらのデータから求められた元素存在度を,宇宙存在度という。
宇宙存在度は,安定な元素ほど高く,元素の形成過程を解明する重要な糸口となった。

© 2002 Gifu University, Shin‐Ichi Kawakami, Nao Egawa.