生物大量絶滅の謎を解く

6500万年前,それまで繁栄を続けてきた恐竜がとつぜん絶滅し,白亜紀という時代が終わった。その原因は,長いあいだ謎だった。
白亜紀と第三紀の地層の間には,厚さ数cmの粘土層がある。この地層を研究することで,直径10 kmの小惑星が地球に衝突し,環境が激変して恐竜などの生物が一斉に絶滅したとする仮説が生まれた。1980年のことである。天体衝突という地球外からの事件が,地球を大きく変えたことは,地球史に関する見方や地球史研究の進め方に大きな影響を与えた。

恐竜はなぜ絶滅したのか


K/T[解説]境界の粘土層 (イタリア)。
コインは大きさを対比するため。

K/T境界の上下でのイリジウムの濃度。
(川上紳一. 縞々学 リズムから地球史に迫る. 東京, 東京大学出版会, 1995)
恐竜絶滅の原因は,寒冷化や生態系の変化など,これまでに多くの仮説が提案された。しかし,それらのほとんどは確かめるられないだった。アメリカのアルヴァレスらは,イタリアの山中の石灰岩層にはさまれる一枚の粘土層に注目した。粘土層を境に恐竜だけでなく海洋で生息する微生物もいっしょに絶滅していたからだ。おそらく,多くの生物は,この粘土層が堆積している間に絶滅へと追いやられたに違いない。問題の粘土層は一瞬に堆積したのか,それともゆっくり堆積したのか。彼らは議論をくり返し,イリジウムの濃度を測定することにした。
イリジウムは白金属元素で,鉄などの金属と親和性がある。地球が形成されるとき,イリジウムは金属鉄とともに沈んで核に取り込まれたので,地表にはごく微量しか存在しない。しかし,宇宙塵 (宇宙から降ってくる微粒子) は,イリジウムを失っていないので高い濃度で含んでいる。
宇宙塵は一定の割合で地表に降り積もるので,粘土層にどれくらい宇宙塵が含まれるかを測定すれば,粘土層の堆積時間を推定できる。宇宙塵の量は,イリジウムの濃度からわかる。アルヴァレスらはそう考えて,イリジウムの分析に挑んだ。
実際にデータを得ると,予想を大きく越えるイリジウムが含まれていた。彼らは結果を検討し,巨大な小惑星が衝突してイリジウムが降り積もったのではないかという仮説にまとめた。

顕生代の生物大量絶滅事件

多くの生物が一斉に絶滅する事件は,地球史の中でくり返し起こった。アルヴァレスらの提案した仮説を検証するため,世界各地で地質が調査され,問題の粘土層が探査された。そして,世界各地の粘土層から,天体衝突の証拠が集まった。
その一方で,古生代のデボン紀後期,ペルム紀末,中生代の三畳紀後期などの生物大量絶滅事件についても,境界の地層が調査され,絶滅の原因が議論された。とりわけ,古生代末のペルム紀と中生代三畳紀の境界で起こった絶滅は大規模で,海棲無脊椎動物の90%以上が絶滅した。ところが,このときの絶滅事件を記録すした地層が,西南日本のジュラ紀付加体で見つかり,絶滅事件の新たな手がかりになった。
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ペルム紀末の海洋無酸素事件

西南日本の基盤岩には,中生代のプレート沈み込みで日本列島に加わった付加体がある。この付加体は,海洋底玄武岩,層状チャート,砂岩,泥岩からなる。チャートは,放散虫の遺骸が堆積した生物起源の岩石だ。通常,チャートは鉄酸化物が付着して赤みを帯びているが,ペルム紀末から三畳紀初期にかけてのチャートは青っぽく,有機物に富んだ黒色泥岩に移り変わっていた。これは,ペルム紀末に海洋が酸素欠乏状態に陥ったことを示している。そして,海洋の無酸素状態が生物大量絶滅の原因だとする仮説が提案された。しかし,海洋無酸素状態の原因,陸上植物も同時に絶滅していることなど,課題は多い。

キーワード

付加体
日本列島はプレートの沈み込み帯である。西南日本の太平洋沖には南海トラフがあり,フィリピン海プレートがそこから沈み込む。海溝やトラフの陸側では,沈み込むプレートの上の堆積物が付加する。この海底堆積物が蓄積されてできた地層が,付加体である。
チャート
チャートは硬い岩石で,火打ち石として知られている。細かい石英粒子が集まってできているが,その粒子は放散虫の骨格である。放散虫は進化速度が速く,チャート中に化石が多く含まれていることから,地層の年代を推定するのに使われている。
ペルム紀末の生物絶滅
ウミユリ,フズリナ,サンゴ,コケムシなどが絶滅に追いやられた。

© 2002 Gifu University, Shin‐Ichi Kawakami, Nao Egawa.