人口100億人の地球

農学者のジレンマ

世界の人口は60億人を突破した。人間活動が地球環境に与える負荷は増大し続けている。1000年後も人類が平和で幸せに暮らすことができるか。農学者はこの問いかけに対しジレンマに陥る。
今,貧しい国々では,10億人が飢えている。この人々が十分な食糧を得るには,食糧の増産が必要である。そのためには森を切り開いて農地を広げ,また,単収を上げなければならない。だが,森を破壊し,農薬や肥料を投入し,地下水を灌漑に使えば使うほど,環境は破壊され,持続可能性は大きく下がる。現在を犠牲にしてでも未来のために環境を保護したいのに,目の前の飢えた人々をどう救えばいいのか。

マルサスかボーズラップか

人口増加
世界人口の変遷。(a)人口。
(b)人口の対数。(c)人口・時間をともに両対数で。
(c)で,10000年前から人口が急増していることがわかる。これは,農耕の開始によるものである。
(Cohen, J. E. How many people can the Earth support?. Norton, 1995)
1798年,マルサス(Malthus)は, “食糧生産は線形にしか増大しないが,人口は指数関数的に増大するので,いつか人口増加は食糧生産を追い越す” と主張した。これに対し,ボーズラップ(Boserup)は,食糧の増産が人口増加を可能にしたと反論した。どちらの言い分が正しいのか。この問いに対しては,過去の歴史を振り返れば検討できる (図) (Evans, 1999)。
食糧生産の推移
1860年以降の人口増加,農耕地と灌漑地域の拡大,窒素肥料の投入量,小麦と米の単位面積当たりの収穫量の変遷。
(Evans, L. T. Feeding the ten billion: plants and population growth. Cambridge University Press, 1999)
約1万年前,狩猟・採集生活をしていた時代の世界人口はわずか100万人だった。8000年前頃から世界各地で農耕が始まり,定住生活が始まった。農耕地が拡大するとともに人口は増加し,西暦0年には人口は2億人になった。さらなる農耕地の拡大,集約的な農業,家畜の使用などによって,食糧生産と人口は共に増加し,産業革命を迎えた18世紀,人口は10億人を越えた。20世紀前半には世界人口は30億人を越え,食料の需要も増えたが,主に農地の拡大がそれに応じ,マルサスの悪夢は回避された。1960年代以降も指数関数的に人口は増え続けたが,農地はそれほど増えなかった。しかし,肥料,品種改良,灌漑の拡大によって,食糧の増産は続いている (図)。ただしこの間に数回,いくつかの国で飢饉が起こり,人口が急減した。地域レベルでは,マルサスの悪夢が現実化している。

持続可能な未来をどう切り開くか

人口問題は,千年持続性への脅威である。このままでは,2100年には世界人口は100億人を越える。新たに増える40億人を養うためには,食糧生産を80%増やさなくてはならない。
農地を広げようとすれば,さらに辺境を開発し,熱帯林などを破壊しなければならない。しかも,人口増加は都市化を引き起こし,優良な農地が失われる。農業生産性を上げるという選択もある。大量の肥料と水とを投入し,遺伝子組み替えをも導入して生産性の向上が進められている。だが,さらに80%も生産性を上げることが可能なのか。これは科学技術の課題だが,植物学・昆虫学・微生物学などの生命科学はどこまで対応できるかという,千年持続学への挑戦課題でもある。
一方,問題解決のためには別のアプローチもある。今後の人口増加は,インド,中国などの発展途上国の問題で,先進国では逆に人口が減る。食べ物が豊富にあって食べ残しが生ゴミになる豊かな先進国と,その日の食べ物に困る貧しい発展途上国の間で富や食糧を再分配すれば,人口増加地域で蔓延している飢餓と貧困を緩和できる。そうすれば,80%もの食糧増産は必要ない。
千年持続学のもう一つの課題は,これまでの南北問題の呪縛から人々を解放し,100億人の人類全体が 〝地球市民〟 として共通のアイデンティティを持ち,人類全体が地球環境を合理的に管理する社会の構築である。この課題は,千年持続学の中の人間力の開発にかかる。
参考文献
UNEP/GRID (国連環境計画/地球資源情報データベース), http://grid2.cr.usgs.gov/datasets/datalist.php3
POPIN (国連人口情報ネットワーク), http://www.un.org/popin/data.html
Cohen, J. E. (1995) How many people can the Earth support? Norton.
Evans, L. T. (1999) Feeding the ten billion: plants and population growth. Cambridge Univ. Press.

© 2002 Gifu University, Shin‐Ichi Kawakami, Nao Egawa.