岐阜大学教育学部理科教育講座(地学)
理科教材データベース
火星のメリディアニ平原の
"ブルーベリー"はどのようにできたか?
2004年7月15日

 2004年1月25日に火星に降り立った探査車オポチュニティ。メリディアニ平原での探査の最大のねらいは、ヘマタイトという結晶質の酸化鉄物質がどのようなものであるかを明らかにすることであった。オポチュニティが基盤岩の露出する露頭の前で見たものは、直径数ミリ程度の無数の丸い玉であった。それらはブルーベリーの実のようであった。

 詳しく調べると、"ブルーベリー"は球状をしたヘマタイトであり、ジャロサイトという鉄硫酸塩鉱物中に存在していた。これらの発見から火星にかつて大量の水が存在していたことが示唆された。

 この発見後まもなくNASAの科学者たちは、球状をしたヘマタイトがコンクリーションであるという解釈を表明した。しかし、コンクリーションとはどのようなプロセスなのか、はたしてコンクリーションでヘマタイトの粒ができるのか、なかなかイメージが描けなかった方が多いのではなかろうか。最近になって、アメリカのユタ州に球状の粒がはさまった砂岩層(ジュラ紀のナバホ砂岩層)があり、火星のメリディアニ平原のアナログ地域と見なせるという研究論文が発表された[1]。こうした研究はたいへん歓迎すべきものである。

 この論文を発表したM.A.チャンらによると、問題の砂岩層は風で運ばれた石英粒子が集まってできた砂岩で空隙の多い多孔質の岩石である。砂粒は細かい酸化鉄の粒子がコーティングされて褐色を呈している。この砂岩層に還元的な地下水が流れると酸化鉄を溶かし込み、やがて酸化的な環境のもとで酸化沈殿する。こうしてできた沈殿物がコンクリーションなのだ。実際にユタ州の砂岩にはさまって数ミリから数センチの球状をしたつぶがたくさん存在している。チャンらの計算によれば、1グラムの酸化鉄を沈殿させるためには、100キログラムの地下水が必要だという。"ブルーベリー"がコンクリーションによってできたとしても、大量の水が火星表面にあったという
結論は揺るぎないものである。

 批判的な読者は、ナバホ砂岩層とメリディアニ平原の"ブルベリ-"を含む堆積岩には大きな違いがいくつかあることに目を向けるかも知れない。まず、火星の"ブルーベリー"は結晶質のヘマタイトでできているが、ユタ州のコンクリーションは、石英粒子が酸化鉄でくっついて丸くなったものであり、形状も丸くないものも数多く存在している。また、ユタ州の地層は砂岩であるが、メリディアニ平原の地層はジャロサイトであり、コンクリーションを促した地下水は酸性であった可能性が高い。こうした違いは、メリディアニ平原とユタ州の地層がみかけの類似性は、必ずしも形成過程の類似性を反映しているものではないかもしれないという批判だ。

 だが、そうした違いにも関わらず、ナバホ砂岩層が問題提起していること。それは、メリディアニ平原の岩石が、かつて大量に水があったことを物語っており、水と岩石の相互作用のプロセスについて、現段階ではあらゆる可能性を見当しておくべきであるということだ。そうした視点で、ユタ州の砂岩層を再検討しておくことは、いずれ火星の表層環境を読み解く鍵となるに違いないからである。

[1]Chan, M.A. et al. (2004) A possible terrestrial analogue for haematite concretion on Mars. Nature, 429, 731-734.