岐阜大学教育学部理科教育講座(地学)
理科教材データベース
スノーボール・アース
-マリノアン氷河時代は6億3500万年前だった-
2004年10月28日

 今から8億年前から5億4000万年前にかけて、地球表面が全面的に凍結するほどの気候の寒冷化が繰り返し起こっている。しかし、氷河時代がいつ起こったのかを推定する手がかりは乏しく、氷河時代が何回あったのか、またその時代は何年前なのかといった議論では、研究者によって見解が異なり、混乱状態が続いている。ナミビア地質調査所のK.-H. Hoffmann らは、ナミビアの氷河堆積物中に火山灰層が含まれることを発見し、火山灰層中に含まれるジルコン粒子のU-Pb年代測定を行って、マリノアン氷河時代が6億3500万年前であることを報告している[1]。

 世界各地に分布する先カンブリア時代の末期の地層には、氷河堆積物が含まれることが多く、この時代は地球の歴史のなかでも最も気候が寒冷化した時代であるという認識については反対する研究者は少ない。これらの氷河堆積物が赤道近くの低緯度で形成されたという古地磁気学的データについては、長い間疑問視する研究者が多かった。しかし、少なくとも南オーストラリアの氷河堆積物については、低緯度で形成されたことが疑いない事実であると認められるようになると、地球表面が全面的に凍結した可能性について、真剣に検討しようという研究者が現れるようになった。

 さらに、この時代の氷河堆積物を覆って温暖な気候で堆積したとされる厚い炭酸塩岩は、全面凍結した地球を温暖な気候へと回復させた膨大な量の二酸化炭素-温室効果ガス-のなれの果ての姿であるとすれば、氷河堆積物と縞状炭酸塩岩の謎めいた組み合わせにも納得がゆく。氷河堆積物中の縞状鉄鉱床や氷河堆積物の上下の炭酸塩岩の炭素同位体比も、地球が全面的に凍結していたとすれば合理的に説明がつく。先カンブリア時代の末期に地球が全面的に凍結していたとするスノーボール・アース仮説[2]は、こうした氷河堆積物に関連するさまざまな地学現象を統一的に説明する仮説として注目されるようになっている。しかし、全球凍結が何回起こったのか、それらはいつ起こったのかについては、年代を決める手がかりが乏しく論争が続いているのである[3]。

 Hoffmannら[1]は、ナミビアの中央部に分布する新たな氷河堆積物の層を確認し、従来知られているナミビア北部のオタビ層群のものと対比を試み、それらを上位の氷河堆積物であるガーブ層に相当すると解釈している。さらに含まれる火山灰層からジルコンという鉱物を分離して質量分析計にかけ、U-Pb年代測定を行った。得られた結果は、火山灰層を含む氷河堆積物の堆積した年代が6億3500万年前というものであった。

 炭素同位体比の変動曲線を用いて世界の氷河堆積物を挟む炭酸塩岩を対比したKaufman (1997)は、ガーブ層を7億年前より古い時代のものであるとし、先カンブリア時代後期の氷河時代が少なくとも5回あったとしている[4]。しかし、Hoffmannら[1]の地層の対比が正しいとすると、今回得られた測定データからガーブ層はマリノアン氷河時代に対比されることになる。これは、Kennedy et al. (1998)が提案するように[5]、氷河堆積物が、マリノアン氷河時代とマリノアン氷河時代の2つに大別されるという考えとは矛盾しない。

 スノーボール・アース仮説の検証作業において、氷河堆積物の年代論は目下重要な課題となっている。世界各地に分布する氷河堆積物のうち研究が着手されたものはまだわずかにすぎない。多くの地質学者が年代測定試料を求めて地質調査を行い、地球化学者は実験室に持ち込まれた岩石試料の分析に夜を徹して取り組んでいる[6]。こうして、氷河時代の年代を論じた論文の発表が増え、それとともに議論が活発化して理解が深まっていくものと期待される。

[1] Hoffmann, K.-H. et al. (2004) U-Pb zircon date from the Neoproterozoic Ghaub Formation, Namibia: Constraints on Marinoan glaciation. Geology, 32, 817-820.
[2] Hoffman, P. F. et al. (1998) A Neoproterozoic Snowball Earth. Science, 281, 1342-1346.
[3]川上紳一(2003)全地球凍結、集英社新書。
[4] Kaufman, A. J. et al. (1997) Isotopes, ice ages, and terminal Proterozoic Earth history. Proc. Nat. Acad. Sci., 94, 6600-6605. [5] Kennedy, M. J. et al. (1998) Two or four Neoproterozoic glaciations? Geology, 26, 1059-1063.
[6]能田成・可児智美(2004)炭酸塩岩の鉛同位体測定による氷河時代の年代論へのアプローチ.月刊地球、26、159-163.