岐阜大学教育学部理科教育講座(地学)
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第58回毎日出版文化賞
スノーボール・アース、自然科学部門受賞!

2004年11月03日


 2004年2月に早川書房より発行された「スノーボール・アース」が今年の受賞作品に選ばれた。いま地球科学の世界では、約7億年前ごろの先カンブリア時代の終わりに地球表面が全面的に凍結したという仮説-スノーボ−ル・アース(全球凍結)仮説の検証がトピックスになっている。

 これまでほとんどの学者がそのような寒冷化は起こり得ないものであると考えていただけに、この仮説は常識を覆す偉大な研究成果として注目を集めている。本書は、こうした仮説の成立過程を、研究にたずさわった地質学者に光を当てて紹介した読み物である。新しい仮説がどのようにして芽生え、発展してきたか。また、対立する地質学者の反論によってどのように修正を加えられてきたか。論争はまるで信念と信念の衝突のような激しいものであり、科学の世界にもどろどろとした情念がうずまいていることに驚き感じる読者も多いのではなかろうか。

 著者のガブリエル・ウォーカーさんは、登場する個性的研究者たちに密着し、しかもアフリカやオーストラリアなど、砂漠の真ん中から北極圏にいたるまで、最果ての地にある調査地域に足を運んで取材している。その臨場感ある情景描写とそこで繰り広げられる癖のある地質学者たちのストーリーに、読者はどんどん引き込まれていくことになる。訳者の渡会圭子さんは、そうしたオリジナル作品のもつ雰囲気を、見事な日本語で表現した。

 約2年前、早川書房の玉居子精宏さんから本書の翻訳について問い合わせがあった。あのころはまだ日本ではこの仮説について専門家以外にはあまり注目されていなかったので、この本が翻訳するだけのインパクトがあるものか私に意見を求めてきたのだ。私はすぐに、「是非とも翻訳書を出してください」とお願いした。それから数ヶ月して本書の翻訳作業が始まった。渡会圭子さんの翻訳でできあがった校正原稿に目を通したとき、壮大なストーリーにわくわくし、地質学者たちの水面下でのやりとりに驚き、そういうことだったのか!・・・と次々と納得していくことも多かった。

 たとえば、トニーとポールあるいは、マーティンとポールはいつも学会で長々とやりあっていることは目撃していたが、彼らが野外調査で意見が対立し、修復不可能ともいえる関係になっていたなんて、そうした学会の公式の場でのやりとりからは読みとれないものだ。それだけに、プライベートな関係にまでつっこんだ記述には少なからぬ戸惑いを感じてしまった。そうしたことまで記述できたのは、やはり著者のガブリエル・ウォーカーさんが一流のサイエンスライターとして世界的に認められた人物だったからだろう。

 毎日新聞の記事によると、選考過程では、ナノテクをテーマにしたものなど、多くの優良図書が候補になったという。そうした役に立つ科学技術関連の書籍のなかで、基礎科学のなかでも地味な地質学の読み物が受賞されたことは、たいへんありがたいことである。本書の執筆と翻訳に関わられたみなさまに心からお祝いを申し上げたい。