岐阜大学教育学部理科教育講座(地学)
理科教材データベース
月の火成活動の熱源問題
KREEP物質から発する熱源が融解を引きおこした?
2004年11月15日

 NWA773という月隕石の化学組成分析と放射性元素を用いた年代測定によって、月内部を融解させて玄武岩質溶岩を発生させた熱源が何であったか手がかりが得られそうだ。アメリカのニューメキシコ大学のL.ボルグらは、この隕石の地球化学的分析データをもとに、月内部のマグマ発生のしくみを論じている[1]。

 月の表面は白っぽい色をした高地と黒っぽい色をした海に分けられる。白っぽい色をした部分には大小多数のクレーターがあるが、黒っぽい色をした海は危難の海、神酒の海、湿りの海など、丸い形をしていることが多い。白っぽい色をした地域は斜長岩という斜長石に富んだ岩石でできているのに対し、黒っぽい色の海は玄武岩質の溶岩流で覆われている。

 こうした月の地殻は次のように形成されたと考えられている。月ができたころ内部が大規模に融解し、かんらん石や輝石からなるマントルと斜長岩質の地殻ができた。40億年前ごろから38億年前ごろにかけて大きな天体が次々と月面に衝突し、大規模な衝突構造(ベースン)をつくった。衝突の熱によって月内部の物質が融解し、表面に溶岩が流れ出してベースンを埋めた[2]。

 さて、もしこうした衝突によって月内部が融解し、玄武岩質マグマが形成されたとすると、その年代は46億年前から38億年前という値をもつことが期待される。ところがアポロ計画によって持ち帰られた岩石の年代には32億年という若い年代を示すものがある。そうした玄武岩を生成させた熱源は何か。月の岩石学者はこの問題に長い間悩まされてきた。

 ひとつの可能性として、KREEPと呼ばれる月岩石からの発熱が考えられた。KREEPという岩石は、カリウム(K)、希土類元素(REE)、リン(P)を多く含む岩石で、ウランやトリウムといった放射性元素を多く含んでいる。こうした放射性元素の崩壊によって発生する熱が月内部を融解させたというわけである。

 カリウム、REE、リンなどはイオン半径の大きい元素であり、マグマが固化して鉱物ができるとき、鉱物に入りにくいため、マグマの残液に濃縮していく性質がある。すなわち、KREEPは、月が大規模に分化して斜長岩質地殻とかんらん岩質のマントルに分化したときに、最後まで融解していた成分であるというわけだ。

 この考えには大きな問題があった。それは、KREEPに属する月岩石の年代を調べたところいずれも38億年前より古い時代のものであり、若い時代のマグマの生成に関与した証拠がないというものである。

 最近になって、若い時代の玄武岩の生成にKREEP物質が関与していたことを物語る月隕石が発見された。それが北西アフリカ773(Northwest Africa 773 (NWA 773))と名づけられた隕石である。これは天体衝突によって角礫岩化しているが、もとの岩石はかんらん石に富んだ月マントル物質であるとみなされる。ところが、ウラン、カリウムなどのイオン半径の大きい元素の存在度を調べると、高濃度に濃縮しており、その生成にKREEP成分が含まれていることが明らかにされた[3]。

 ボルグら[1]はこの岩石試料を手に入れ、29億年前に月内部が融解してできた岩石であることを明らかにしている[1]。測定にはサマリウム(Sm)147が崩壊してネオディミウム(Nd)143になる放射改変を利用したSm-Nd年代測定法が採用された。さらに、ルビディウム(Rb)87が崩壊してできる87Srを用いたRb-Sr年代測定法による測定も行われた。

 こうした年代測定法では、岩石が形成された年代がわかるだけでなく、マグマを生みだしたもとの岩石が融解前にもっていたSm/Nd比やRb/Sr比を推定できるメリットがある。すなわち、もとの岩石がどのような岩石だったのか、これらの元素比から推測することができるわけだ。

 ボルグらの得た結果をみると、NWA773の原岩は高いRb/Sr成分をもっていたことが示され、この岩石の成因にKREEP成分が含まれていることが初めて裏づけられた。KREEP成分のもっとも若い年代としては従来より10億年も若返ったことになる。

 さらに、ボルグら [1]は、月火成岩について、形成年代とRb/Sr比の相関関係を調べ、若い岩石ほどRb/Sr比が高くなっているという結果を導いている。このことは、月が冷却していくほどKREEP成分の寄与が高くなっていくことを物語っている。このことから、彼らは、月の火成活動の歴史にKREEP成分が大きな役割を果たしたのではないかと提案している。

 問題は、今回分析されたたった一つの月隕石の分析で、これまで大きな問題とみなされてきた月の火成活動の熱源問題がすべて解決されるのか。とりわけ、月の持続的な火成活動を支えるだけの大量のKREEPが月の内部に存在するのか。彼らの提案に対しては、月岩石に対する見直しが必要であり、そのためには、月面のあちこちから新たな岩石試料を確保して、分析していくことが必要である。

[1] Borg, L. E. et al. (2004) Nature, 432, 209-211.
[2]水谷仁・武田弘・久城郁夫(1984)月の科学、岩波書店。
[3] Jolliff, B. L. et al. (2003) Geochim. Cosmochim. Acta, 67, 4857-4879.


関連サイト=月の画像集