岐阜大学教育学部理科教育講座(地学)
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地球内部ダイナミクスに対する新しい見方
-マントルトモグラフィーがもたらした地球内部の不均質性の意味-
2004年11月16日

 地震トモグラフィーの研究で得られる地球内部の不均質性は、温度の違いによるものなのだろうか。それとも化学組成の不均質によるものだろうか。ユトレヒト大学のTrampert et al. [1]の研究によると、下部マントルの地震波速度の不均質性のかなりの部分が化学組成の違いを反映したものだという。これまで、マントルの大規模な不均質性は温度によるものであり、高温の物質が上昇したり、冷たい物質が下降することで地球内部の変動が起こるとされてきただけに、地球内部ダイナミクスにおける新しい地球変動原理の解明の突破口を開く研究へと発展していきそうだ。

 1990年代からマントルトモグラフィーの手法が発達し、震源から観測点まで地震波が伝わる時間(走時)や、地震波の波形解析による地球内部の不均質性に対する理解が進んでいる。こうした研究では、P波速度、S波速度、密度などのパラメータが球対称地球モデルからどのようにずれているかを問題にしてきた。こうした研究では、沈み込み帯で沈み込んだスラブ(プレート)の行方や、中央海嶺やホットスポットの火山活動をもたらすマントルの上昇流の形態が問題にされてきた。

 地球内部には深度660kmのところに鉱物が結晶構造を変化させる境界が存在する。この境界では、かんらん石の多形(化学組成は同じだが結晶構造が異なる鉱物)であるスピネルが、ペロブスカイトというさらに高圧下で安定な鉱物に変化し、そこで密度や地震波速度が急激に増加している。地球内部のダイナミクスの研究では、沈み込むスラブやマントルの上昇流(プルーム)の運動が、こうした不連続面で遮られるのか、それともそうした境界を貫いて上部マントルと下部マントル物質が混合しているのかが研究の焦点となってきた。

 では、こうした地球内部の運動を引き起こす原動力はなにか。マントルの上昇流は温められた軽い物質が浮力によって周囲に対して上昇し、表面で冷やされた物質が下降していくと一般に考えられている。こうした運動は熱対流と呼ばれている。

 鉱物の地震波速度(弾性定数)や密度は温度の関数になっており、温度が高いほど速度は低下し、密度も小さくなる傾向がある。したがって、マントルトモグラフィで得られた速度構造が熱対流を反映しているとすれば、相対的に地震波速度遅い領域は、高温で密度が小さく上昇流の起こる場であり、逆に速度が速いところは冷たく密度が大きい下降流の場であるということになる。

 しかし、実際の地球には、温度の不均質だけでなく、鉄の含有量などに不均質性が存在すると考えられるとすれば、マントルトモグラフィーの結果を解釈することは簡単ではなくなる。こういった指摘はこれまでに繰り返しなされたが、それを評価する手法がこれまでなかったのだ。

 Trampert et al. [1]は、地球内部の地震波速度の不均質だけでなく密度の不均質に関する情報を含む地球自由振動や表面波の解析などを含めて、マントルトモグラフィーの結果をもとに、不均質性の情報を温度とペロブスカイト含有量、鉄含有量のパターンに区別して最尤値(likelihood)で表現するような解析を行った。下部マントルの底から1000kmの領域では地球内部で運動を起こす原動力が化学組成の違いによる浮力によることが示された。

 こうした結果は、熱膨張率が圧力とともに小さくなり、大きな温度差が存在してもたいした浮力を生じないという地球内部物性の研究から導かれた結論を裏づけるものでり、Trampert et al. [1]は、南太平洋やアフリカの下に存在するとされるスーパープルームも熱的原因ではなく、化学組成の不均質によるものであると結論づけた。

 そうだとすると、こうした不均質はいつどのようにして生み出されたものなのだろうか。彼らの研究は、ウランやストロンチウムなど放射性元素の同位体を用いたマントルの不均質性を研究している地球化学者にも、新たな問題を提起している。

[1] Trampert, J. et al. (2004) Probabilistic tomography maps chemical heterogeneities throughout the lower mantle. Science, 306, 853-856.