岐阜大学教育学部理科教育講座(地学)
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35億年前、浅海域に光合成細菌のマットが存在した証拠とは?
-南アフリカのバック・リーフ・チャートの地質学的研究-
2004年11月18日

 南アフリカの35億年前の有機質チャートの堆積環境は、当時浅海域に光合成細菌(光合成を行うが酸素を発生しない原核生物)が生息していたことを物語る。スタンフォード大学の地質学者M. M. TiceとD.R. Loweがこのように主張した論文[1]は、初期地球の生命化石をめぐる論争に新たな議論を喚起しそうだ。

 地球生命はいつ出現したのか。この疑問に答えようと地質学者たちは太古代の岩石が露出する地域を調べ、堆積岩中に黒色のチャートがはさまれていないか執拗に地質調査を重ねてきた。ここでいう化石は、よく知られている貝殻とか骨のような生物の硬骨格が化石化したものではない。大きさ数10ミクロン程度の微生物の細胞が岩石中に含まれているか探す試みだ。微生物は単細胞で細胞の中に遺伝子を包む核がない原始的なものである。こうした微生物はバクテリアとか細菌と呼ばれている。形は単に丸いものや楕円形、ないしフィラメント(繊維)状であり、経験的に黒色をしたチャート層で発見されることが知られている。形態が単純で特徴に乏しいため、微生物が化石化したものか、無機的に形成された非生物起源のものかという解釈をめぐって、長い間論争が続いてきた。

 そうした論争は1970年代からごく最近まで繰り返されており、これまで最古の生命化石とされていた西オーストラリアのピルバラ地域のものもそうした例外ではない。最初の発見者は、この微生物様のものが光合成を行って酸素を発生する微生物であるシアノバクテリアに似ているとし、35億年前から酸素発生を行う微生物が繁殖していたと主張した[2]。これに反対する研究者は、微生物様の化石とされるものは不規則な形状をした有機物に過ぎず、それが生物体の名残であるかを形態から判断することはできないと反論している[3]。さらに、こうした化石が含まれていた黒色の有機質チャートは太陽光が差し込む浅い海で形成されたものではなく、深海の熱水噴出孔にできる熱水性沈殿物であるという反論もある。

 だから先カンブリア時代初期の地層から微生物様の化石を発見し、論文として発表することは火花を散らすような論争の中に飛び込むようなものだ。反対論者の批判をかわすには、それなりの説得力のある証拠の提示が必要である。

 TiceとLoweもバック・リーフ・チャートから微生物様の化石や、微生物の集合体がぬるぬるとした有機質の皮膜(バイオマットと呼ばれている)をつくっていた証拠を多数発見した。彼らはこうした地層がどのような環境で形成されたかを論点の中心にすえた。そしてそのために必要なデータを広域的な地質調査によって集めた。この地層は、太陽光の差し込む浅い海洋で形成されたものであり、その地層の下位には海水が蒸発してできた蒸発岩の地層が堆積している。一方、上位にはより沖合で堆積した縞状鉄鉱床が堆積している。

 こうした地層の重なりからどのようなことがいえるのか。まず、一連の地層が浅い海洋で形成したものであり、沖合で縞状鉄鉱床が堆積していることは、当時海水が成層構造しており、深海の鉄に富んだ海水と表層海水が混ざり合って鉄が沈殿したものと考えられる。ただし、この縞状鉄鉱床は鉄炭酸塩鉱物(FeCO3)であり、一般的な縞状鉄鉱床のように酸化鉄鉱物ではないことに注意する必要がある。つまり、鉄が酸化物ではなく炭酸塩鉱物として堆積していることは、問題のバイオマットは酸素を発生する光合成微生物(シアノバクテリア)が構築したものではないことになる。

 また、この地域には熱水活動の証拠は認められなかったため、有機質のチャートは熱水性のものではなく、海水から析出した鉱物からできていると解釈された。これは、この地域の地層が浅海域でできたとする解釈と矛盾しない。

 では、バイオマットの正体はどのように考えたらよいのだろうか。バイオマットをつくる微生物は、
(1)光合成を行わず酸化還元反応でエネルギーを獲得する化学合成細菌
(2)光合成を行うが酸素を発生しない微生物(専門家はこれを光合成細菌という)
(3)酸素を発生するシアノバクテリアや藻類
の3つのタイプがある。
(3)は縞状鉄鉱床の構成鉱物が酸化物でないことから除外された。(1)は温泉や深海熱水噴出孔のように、酸化還元状態の異なる物質が出会う環境でバイオマットを作るものである。(2)は湖や温泉など、太陽光が利用できるさまざまな環境に生息している。いずれもバック・リーフ・チャートの有機物を作り出した微生物の候補と考えられるが、太陽光が差し込むほどの浅海であることから、TiceとLoweは(2)の解釈を採用したということができるだろう。

 したがって、35億年前に光合成細菌が生息していたという主張の根拠はあくまでも地質学的なものであり、しっかりした微生物学的な根拠があるわけではないことに注意する必要がある。彼らの議論で欠落している点は、現在地球に棲息している光合成細菌は、硫化水素を酸化して独立栄養的にエネルギーを獲得するか、周囲の有機物を取り込んで従属栄養的にエネルギーを獲得していることである。もし、35億年前のバイオマットが光合成細菌が構築したものだとすると、硫化水素が存在するような場所だったことになる。こうした状況では鉄は炭酸塩鉱物ではなく硫化物からなる縞状鉄鉱床を形成することになるのではないか。

[1] Tice, M.M., and D. R. Lowe (2004) Nature, 431, 549-552.
[2] Schpf, J. W. et al. (1987) Science, 237, 70-73.
[3] Brasier, M. D. et al. (2002) Nature, 416, 76-81.