岐阜大学教育学部理科教育講座(地学)
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海生の環形動物から解き明かされた眼の起源
2004年12月09日


 私たち脊椎動物は2つの眼で世界を眺めることができる。動物の中で視覚器官を備えたものは、脊椎動物のほかに多様な昆虫などの節足動物や一部の環形動物がいる。私たちの眼には水晶体があり、網膜で結像した情報を脳に送って認知している。ところが、昆虫たちの眼は複眼でできており、脊椎動物の眼のつくりとは大きくことなっている。こうした眼のつくりの違いは、動物分類群と対応関係が認められることから、視覚器官は脊椎動物と無脊椎動物でそれぞれ別々に起源し、進化してきたという説が提示されていた。

 最近、欧州分子生物学研究所のArendtらは、海生の環形動物Platynereisという種がもっているオプシンという色素を構成するタンパク質とその遺伝子を解析した[1]。得られた結果は、この動物が昆虫類の視覚器官と脊椎動物の視覚器官に特徴的な2つの色素と遺伝子を備えていることを示していた[1]。

 このことは視覚器官の起源が、脊椎動物と無せきつい動物の共通の祖先とされる仮想的動物(ウルバイラテリアと呼ばれる)において起こった出来事であることを示唆している。さらにこうした2つの色素の起源は、光のやってくる方向性を認識する光受容細胞と、日夜のサイクルのような光の強弱を認識する光受容細胞の成立にさかのぼる可能性が示唆されている[2]。

 Arendtらの研究結果に対する解釈には反論も存在するが、彼らの導いた結論は、視覚器官の形態的特徴だけでなく、分子生物学的なデータによる裏づけを行っており、他の無せきつい動物のオプシンのアミノ酸配列やそれをコードする遺伝子の塩基配列の解析によって検証が可能であることが重要である[3]。

 化石を調べると、カンブリア紀に反映した大型の捕食動物であるアノマロカリスは飛び出した巨大な眼をもっている。また、三葉虫にも発達した複眼を備えたものが知られている。視覚器官の成立もカンブリア大爆発の直前に起こった多細胞動物の起源と初期進化の重要な出来事であると考えられる。現生の動物たちを研究材料とした視覚器官の起源論に関する研究も、これまで例外的と見なされがちだった環形動物から大きな糸口が得られたものとして注目すべきものである。

[1] Arendt, D. et al. (2004) Ciliary photoreceptors with a vertebrate-type opsin in an invertebrate brain. Science, 306, 869-871.
[2] Lacalli, T. (2004) Light on ancicent photoreceptors. Nature, 432, 454-455.
[3] Pennisi, E. (2004) Worm's light-sensing proteins suggest eys's single origin. Science, 306, 796-797.




関連サイト=三葉虫化石