岐阜大学教育学部理科教育講座(地学)
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地球マントルにおける非生物的メタン生成反応
2004年12月17日


 枯渇してしまったとされる油田にあらたな原油や天然ガスの貯留が確認されたり、地震にともなって大量の炭化水素を含む流体があふれ出したりすることがある。こうした事象をみると地球内部にはまだまだ大量の炭化水素が存在するのではないかと思えてくる。炭化水素は炭素と水素からなる化合物や、石油や天然ガスのように、生物の遺骸が地中で変成作用を受けてできる有機物であると考えられている。

 ところが、地球物理学者のトーマス・ゴールド博士は、しばらく前に「地球深層ガス」、「未知なる地底高熱生物圏」といった著書で、地球深部に非生物的にできた大量の炭化水素が存在し、それが生命の起源や地底生物圏に重要な役割を果たしているという説を主張した。こうした説は、発表当時には異端ともいえるほど人々の常識とはかけ離れていたが、たいへん刺激的だったのでさまざまな議論を誘発した。

 最近になって、地球内部で炭素がどのような物質として存在するかが地球科学における大きな探求課題となっており、新たな研究成果の発表が相次いでいる。

 アメリカのインディアナ大学のH.P.スコット博士らは、FeO、カルサイト(CaCO3)に水を加えた試料をカプセルに入れて、地球の上部マントルに対応するような高温高圧下で反応させる実験を行った[1]。彼らの実験ではFeOと水の反応で水素が生成し、それがカルサイトと反応してメタンが生成するという結果が得られた。こうした反応が実際にマントルで起こるとすると、プレートの沈み込みによって沈み込んだ炭酸塩岩を原料にして大量のメタンが生成されるものと考えられる。

 一方、スタンフォード大学のN.H.スリープ博士らのグループは、マントルのカンラン岩が水と反応して蛇紋岩ができるときに水素が発生し、それが二酸化炭素と反応してメタンが生成されることを熱力学的な計算によって示している[2]。蛇紋岩は地表に広範に露出している岩石ではない。しかし、地球形成期においては、マントルの酸化を引き起こしたり、メタンの生成によって生命の起源を促すなど、大きな役割を果たした可能性があるという。

 こうした研究は、地球深部に非生物起源の炭化水素が生成される筋道を解明したものであるが、こうした研究成果が相次いで発表されると、このほかにもまだ地球深部で起こりうる炭化水素生成反応が存在するのではないかと期待したくなる。

 さらに、実際に地球深部に非生物起源の炭化水素が大量に存在することを確かめることが、トーマス・ゴールドの先見的仮説を検証する次の課題だといえる。

[1] Scott, H. P. et al. (2004) Generation of methane in the Earth’s mantle:in site high pressure-temperature measurements of carbonate reduction. Proc.Nat. Acad. Sci. USA, 101, 14023-14026.
[2] Sleep, N.H. et al. (2004) H2-rich fluids from serpentinization:geochemical and biotic implications. Proc. Nat. Acad. Sci. USA, 101, 12818-12823.