岐阜大学教育学部理科教育講座(地学)
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地球最古の地層は変麻岩なのか縞状鉄鉱床なのか?
グリーンランドの変成岩の起源を語る鉄同位体比
2005年3月9日


 西グリーンランドには、世界最古とされる地層が点々と分布している。イスアやアキリア島では地層が露出しており、世界の研究者の注目を集めてきた。最古の地層が露出するアキリア島の岩石については、堆積岩起源とする従来の説に真っ向から対立する火成岩起源説が最近になって提示され、大論争へと発展している。今回、アメリカのシカゴ大学エンリコ・フェルミ研究所の地球化学者グループが、この地域の岩石の鉄同位体比の測定を試み、堆積岩起源論を擁護する議論を展開している[1]。

 38億年前の地層が露出するイスア地域は、1970年代に発見されており、初期地球の環境を探るフィールドとして数多くの研究が行われている。とりわけ、地層中に含まれているグラファイトの炭素同位体比の測定から、それらが生物起源であり、当時すでに地球に生命が発生していたと論じられている[2,3]。

 1990年代になってアキリア島に露出する地層がイスア地域より古いことが明らかになり、さらなる過去へさかのぼって生命活動の痕跡を探る研究が行われた。Mojzsis et al. [4]は、アキリア島から採集されたグラファイトの炭素同位体比を測定し、それらに生物起源の炭素が含まれることを論じた。

 Mojzsis et al. [4]が調査した岩石には縞模様が認められ、彼らはそれらが成層した堆積岩起源であるとみなした。ところが、地中深く埋没し、熱や応力を受けて変成した岩石にも縞模様が形成されることがあり、同じ岩石を火成岩が変成作用を受けてできた変麻岩であるという解釈を提示して、彼らの説に真っ向から反論する研究者が現れた[5]。反対論者は、岩石中に含まれる希土類元素などの微量元素を分析し、その存在度がコマチアイトという太古代に特徴的な火成岩と類似していることから、この地域の地層が火成岩であり、熱変成を受けて縞模様をもつ地層のようになったと解釈した。もしそうだとすると、マグマのなかで生物は生存することは不可能なので、測定されたグラファイトも無機的に形成されたものであるということになり、ひいては炭素同位体比の解釈は誤りであることになるわけだ。

 鉄は原子番号28の元素であり、質量数54、56、57、58の4種類の同位体が存在している。自然界に存在する鉄化合物中の鉄の同位体比を測定することで、それらが生物が関与して形成されたものか無機的に形成されたものかを判断する材料が得られると期待され、過去5年間にわたり地道な分析手法の開発が進められてきた。

 同位体分析を行う地球化学者は、研究対象とする試料と、値を参照する標準試料について、2種類の同位体の存在比、たとえば54と56、あるいは54と57について、交互に測定し、研究試料と標準試料の同位体比の差を千分率で表してパラメータ化する。鉄同位体比の場合には、その値をさらに2つの同位体の質量数の差でわり算した値が用いられている。

 これまでに発表された分析データをみると、火成岩の測定値はすべて0‰に近い値であり、南アフリカの縞状鉄鉱床では、鉄炭酸塩岩が-0.5‰に達する負の値、鉄酸化物が+0.5‰に達する正の値をとり、有意なばらつきが存在している。

 問題のアキリア島の試料が火成岩起源なのか、あるいは縞状鉄鉱床なのか。鉄同位体比が0‰からずれた値をとっているかどうかが鍵となる。グリーンランドで採集された明らかに火成岩起源の岩石については、従来のデータと同様0‰であったが、アキリア島の縞状の岩石の鉄同位体比は+0.5‰に達する正の偏差が認められた。この値は酸化鉄からなる縞状鉄鉱床の値と符合している。

 これまで大規模な縞状鉄鉱床については、光合成を行って酸素を発生するシアノバクテリアの活動で生じた酸素と海水中の二価の鉄イオンが反応して形成されたという解釈がなされてきた。鉄同位体比の解釈からすると、40億年前に光合成を行う生物が存在することになり、現在の常識的な見解と対立する。フェルミ研究所の地球化学者たちは、非酸素発生型光合成細菌による鉄の酸化の可能性を示唆しているが、現段階ではまだ鉄同位体比の分別のしくみについてよくわかっていないのが現状である。

 いずれにしても鉄同位体比のデータは、火成岩論者に反対する研究者にとって説得力のある批判材料となるだろう。鉄同位体比の分別のしくみを解き明かすことが次の課題であるが、鉄同位体比の地球化学の進歩によって縞状鉄鉱床の成因についても理解が深まるものと期待される。

[1] Dauphas et al. (2004) Science, 306, 2077-2080.
[2] Rosing, M. T. (1999) Science, 283, 674-676.
[3] Ueno, Y. et al. (2001) Geochim. Cosmochim. Acta, 66,1257-1268.
[4] Mojzsis, S. J. et al. (1996) Nature, 384, 55-59.
[5] Fedo, C. M. and M. J. Whitehouse (2002) Science, 296,1448-1452.