岐阜大学教育学部理科教育講座(地学)
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鉄同位体比は、
原生代初期の地球表層環境の変化を記録しているのか?
-堆積性硫化鉄鉱物の鉄同位体比の時間的変遷を追う-
2005年3月12日


 最近のトピックスとして、鉄同位体比の測定を行って、地球最古の岩石が堆積岩起源か火成岩起源かに決着をつけようとした論文が発表されたばかりだが[1]、今度は、23億年前ごろに地球表層環境が酸素に乏しい状態から酸素に満ちあふれた状態へと変化したことが堆積物中の硫化鉄鉱物の鉄同位体比に記録されているという論文が発表された[2]。地球史研究では、大気中の酸素濃度の変遷がどうであったかを巡っても論争になっており、新しいデータの提示は歓迎されるべきものである。

 地球大気中には酸素が20%(0.2気圧)含まれているが、これは植物の光合成反応の副産物として生み出されたものである。大気中の酸素濃度の変遷がどのようであったのかということと、生物進化における光合成の始まりは深く関わっており、地球史研究では大きな課題である。これまでに最古の地層が残る38億年前から大気中の酸素濃度は現在と同じであったとする説と、23億年前ごろに急激に増えたとする説が提唱され、論争になっていた。後者の考えを支持するデータについては、縞状鉄鉱床や赤色砂岩、堆積性ウラン鉱床の形成年代の分布、炭素や硫黄の同位体比があるが、それらのデータの解釈の仕方によっては前者の説と矛盾しないという批判も出されている。

 アメリカのウッズホール海洋学研究所のRouxel et al. [1]は、世界各地のいろいろな年代の地層に含まれる硫化鉄鉱物を集め、鉄同位体比を測定し、その時間的変遷がどのようであるか、質量数56と54の同位体の存在比について、分析した試料と標準試料の偏差の千分率を時間の関数としてグラフ化した。得られたデータは時代によって3つのグループに分類された。

 まず最初のグループは、23億年前より古い時代に堆積した地層中の硫化鉄鉱物のデータで、それらは-3.5‰から+0.5‰までの範囲で大きなばらつきが認められた。第2番目のグループ23億年前から17億年前にかけての地層のもので、それらの値は、-0.5‰から+1.0‰の範囲に収まっており、第3番目のグループは、17億年前以降の地層から採集されたもので、-0.5〜0.0‰の範囲に収まっている。すなわち、測定データは時代ごとに異なっており、地球表層における鉄循環のプロセスが時代とともに変遷してきたということを示唆している。

 こうした変遷パターンを理解するには、鉄同位体比がどのようなプロセスで分別を受けるのかについての知識が必要である。鉄同位体比は酸化還元反応の際に同位体比の分別が起こり、酸化されて鉄酸化物ができるとそれらには選択的に大きい質量数の原子が取り込まれて同位体比は正の値をもつようになり、残された鉄は相対的に軽い同位体が多くなり、-2‰とった値をもつようになる。一方、硫化鉄鉱物が形成された場合には、残された鉄は+1‰という値をもつ[3]。

 さて、23億年前より古い時代の硫化鉄鉱物のデータは何を意味しているのか。Rouxel et al. [2]によると、それらが大きな負の値をもっていることは、当時海水中に溶けていた鉄イオンが酸化されて酸化鉄鉱物ができ、残された鉄イオンが硫化水素と反応して硫化鉄鉱物ができた。その値が-3.5‰にまで達していることは、鉄が繰り返し酸化と還元を受けたことも示唆している。一方、23億年前から17億年前の地層の硫化鉄鉱物は、正の同位体比をもっており、この時代は鉄酸化物が生成されなかったことを意味している。また、第3のグループが火成岩の組成とほぼ等しい同位体比をもっていることは、鉄イオンが海水中に蓄積されることがなかったことを意味しているというわけだ。

 こうした解釈によると、23億年前より前の時代には、光合成によって酸素が放出されたが、海水中に大量の鉄イオンが存在しており、それらが反応して縞状鉄鉱床が形成された結果、大気や海洋中の酸素濃度が増大するにはいたらなかった。ところが、23億年前から17億年前にかけては、海水中に鉄イオンを供給する熱水活動が低下してしまい、光合成によって生み出された酸素は大気中や表層海水中に蓄積されていったとされる。

 この論文には、縞状鉄鉱床の成因に関して一つの問題提起がなされている。縞状鉄鉱床は太古代や原生代初期という時代を特徴づける地層であるが、19億年前ごろまでの期間においていつの時代にも形成されたわけではなく、海水中の鉄イオンの存在度はその時代時代における熱水活動の激しさと深く関わっていたのではないか。19億年前までの時代には多くの縞状鉄鉱床が形成されているのは、その時代まで地球内部が高温で、活発な熱水活動が起こっていた。それが23億年前ごろに熱水活動の低下とあいまって、大気中の酸素が増えていった。そうだとすると、大気や海水中の酸素濃度の増加は、地球内部の熱的活動の低下すなわち、固体地球の熱史と深く関わっていることになる。

 このように考えると、縞状鉄鉱床の成因と深く関係した鉄鉱物の鉄同位体比の研究は、地球史研究における大きな可能性を秘めていることがわかる。現段階では、Rouxel et al. (2005)の発表したデータには限りがあり、今後測定データを増やして鉄同位体比の時代的変遷を確認する必要がある。また、Rouxel et al. [2]が示した解釈の妥当性についても今後裏づけとなる研究が必要とされる。

[1] Dauphas, N. et al. (2004) Science, 306, 2077-2080.
[2] Rouxel, O. et al. (2005) Science, 307, 1088-1091.
[3] Kump, L. (2005) Science, 307, 1058-1059.