岐阜大学教育学部理科教育講座(地学)
理科教材データベース
JT生命誌研究館2004年度活動報告会に参加して
2005年3月29日

 2005年3月23日、2004年度活動報告会にお招きいただき、1年ぶりにJT生命誌研究館を訪ねた。JT生命誌研究館は、最新の研究活動を行うラボセクターと、科学を市民にわかりやすい形で表現するSICPセクターからなる。生命誌は、個別の生物のもつ歴史性、生命界にみられる多様性を、分子生物学的研究で得られるゲノム情報をもとに解析し、生命とは何かを探求する切り口であり、日本の科学館のなかではユニークな活動を続けている。

 まず玄関を通って中へはいると、インフォメーションの前にできた人だかりが目にはいった。そこには新しく肺魚を飼育している水槽が設置されていた。肺魚はシーラカンスとならんで、せきつい動物の陸上への進出や、魚類の進化で登場する生きた化石ともいえるユニークな生き物である。教科書などで見て知っているが、生きている姿を見るのは初めてであり、おもわずもっていたデジカメで撮影した。まずおどろいたのは、四足動物へと進化したとされる鰭(ひれ)があまりにも小さく退化していることである。次に、頭部の模様が化石の復元図などに描かれているものとよく似ており、まさに生きた化石という印象であった。実物を見たことで、肺魚のどこが原始的でどこが退化したものかもう一度調べてみようと思った。

 さて、報告会では、中村桂子館長、吉川寛常勤顧問、宮田隆常勤顧問からこの1年間の活動概要と今後の方向性が示された。吉川顧問は、ラボセクターの研究活動が着実に成果をあげていることを報告した。また、宮田顧問は2004年4月から新たに着任されたばかりであるが、形態からみた多様性の増大と遺伝子レベルにおける多様性の増大の時期に隔たりがあり、既存の遺伝子をどのようにプログラムして多様化したかといったソフト面での研究が今後重要になる、と述べた。

 続いて各ラボの研究成果の概要が紹介された。チョウと植物の共進化ラボの尾崎研究員は、チョウの味覚感覚器官に含まれる味覚受容体や遺伝子群の解析について報告した。面白かったことは、チョウは種類によって異なる食草を選択しているが、それぞれの食草に含まれる味覚物質が食欲を刺激する働きをしていることである。たとえばアゲハはミカン、カラタチを食樹として、キアゲハはニンジンやパセリなどのセリ科植物を食草としている。ミカン類とセリ科植物は、植物分類学的には大きな隔たりがあるが、含まれる味覚物質の分子構造としてはよく似ているということである。このことは味覚物質を鍵としたチョウと食草の研究の切り口の重要性をあらためて痛感するものであった。

 もう一つ、チョウは食草との選択が進んでいるが、ガの仲間ではこうした対応関係がゆるくいろいろな植物を食べるものが多い。食草選択が進んでいる方が進化的に不利になるような印象を受けるが、こうした食草選択と進化の関連性について、すっきりした説明が欲しいものである。

 尾崎研究員は、発生過程の研究がしやすいクモを選んで、発生過程におけるオーガナイザーの役割を解析し、ショウジョウバエとの違いを明らかにする研究を進めている。せきつい動物の発生過程とクモの発生過程の類似性に着目して、共通祖先がどのような生物だったのかを探ろうというわけである。その道のりはまだまだ先が長い取り組みが必要のようであった。

 一方、イチジクとイチジクコバチの共進化を目指して、それぞれの系統関係の解析を進めている蘇研究員の発表があった。今回中国で採集した試料から、アコウなど同じ植物と共生している異なるイチジクコバチが見つかり、それらが分岐した時期が古いことが明らかになた。系統樹の形態は、イチジクとイチジクコバチでよく対応していることから、両者が手に手をとりあうような進化をとげてきたことが推察されるが、共進化のメカニズムがどのようなものであるか今後の解明が待たれる。

 アメリカツメガエルをモデル生物としてせきつい動物の発生過程の分子生物学的研究を進めている橋本グループは、今回も数多くの発表を行った。発生が進むといろいろな部位の形成が誘発されていく。こうした器官形成は、これまで発生を促す遺伝子の発現が重要であるとされていた。ところが、調節遺伝子のなかに、他の部位におけるある種の遺伝子の発現を抑制することで、器官の発達が促されることが示された。これは、発生過程における遺伝子の発現を促すプログラムの働きに関する興味深いしくみとして注目される。

 チョウのはねの形態形成のメカニズムを研究している吉田研究員は、チョウのはねの鱗粉細胞の配列のしくみについて、新しい研究を始めたことを報告した。

 SICPセクターの活動報告についても、例年同様多様な取り組みが報告された。2003年度のコンセプトは「愛づるの話」であったが、2004年度は「語る科学」であった。2003年の活動報告では、チョウの食草を植えた花壇をつくる企画を参考にさせていただき、岐阜大学のキャンパスにも食草園を造らさせていただいた。また、岐阜大学の周辺でみられるチョウやそのほかの多様な生き物について生態観察をし、写真やビデオ映像をweb化する取り組みをしてきた。

 こうしたJT生命誌研究館におけるさまざまな取り組みを学ばせていただいて、岐阜大学でも生き物の世界を「愛づる」という視線で眺めるような活動を子どもたちに伝えていきたいと考えている。一方、「語る科学」については、JT生命誌研究館の活動ではゲノムを語ることが中心になっているが、「自然」を語る切り口として、宇宙、地球、気象、生態系に見られる諸現象を取材し、web化していきたい。そんな思いを抱きつつJT生命誌研究館を後にした。


関連サイト=肺魚(理科教材データベース)