岐阜大学教育学部理科教育講座(地学)
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土星の衛星フェーベの起源
−カッシーニ・ホイヘンス計画の成果−
2005年5月20日

 土星の衛星フェーベは1898年に発見されたもので、土星から最も遠い衛星として知られていた。軌道離心率(軌道の円からのずれ)は0.166、軌道傾斜角は173.9度と大きく傾き、しかもこの値が90度より大きいことは他の衛星と異なってこの衛星が逆向きに公転していることを意味している。こうした軌道運動の性質から、フェーベは太陽系のどこか遠くで生まれた天体であり、たまたま土星の近くを通過した際に、土星重力圏に捕獲された天体ではないかと考えられてきた。

 1981年のヴォイジャーの土星探査によってその大きさがいびつで差し渡しが200kmの暗い表面をもつ天体であることが明らかにされた。こうした特徴は、土星の周りを巡行回転する他の氷衛星と際だって異なっており、この衛星が土星近傍で生まれた衛星でないことを印象づけるものであった。さらに、フェーベの内側を公転するイアペタスの表面は、黒っぽい色をした地域と白く輝いて見える地域があり、黒っぽい色をした地域を覆う物質がフェーベからやってきたものではないかという仮説が提示されており、イアペタスの表面を覆う物質とフェーベの表面物質が何であるかについても関心が高まった。

 カッシーニ・ホイヘンス計画で土星に投入された探査機には、さまざまな計測機器が搭載されているが、イメージングスペクトロメーターという計測装置は、土星をとりまくさまざまな天体の画像とそのスペクトル特性を同時に測定するもので、衛星表面を覆う物質が何であるか、またその衛星表面における分布を調べる強力な分析装置として期待が高かった。
 アメリカ地質調査所のR. N. クラークら、可視および赤外線領域におけるイメージングとスペクトル測定(VIMS)を行う研究グループは、2005年5月5日に発行された科学雑誌「ネイチャー」にこの探査計画で得られた最新のデータの分析結果を発表した。彼らは、フェーベの表面に2価の鉄イオンを含む珪酸塩鉱物(かんらん石や輝石)、水酸基をもつ粘土鉱物、水や二酸化炭素の氷、シアン化合物やニトリル、有機化合物などを確認した。

 こうした不揮発性物質から揮発性物質にいたるまでの多様な物質を含む天体は、これまでにほとんど知られていないほどユニークなものである。とりわけ、シアン化合物、ニトリル、有機化合物といった物質は彗星核に含まれているものであり、フェーベが彗星核と似た起源をもつ天体であることが示唆された。

 彗星核とよく似た天体でしかも大きさが200kmもあるような大規模な天体としては、近年カイパーベルト天体が注目されてきた。フェーベは、カイパーベルト天体であったものがたまたま土星の重力圏にトラップされたのではないかとVIMSの研究者たちは考えている。

 一方、「ネイチャー」の同じ号に論文を掲載したT.V.ジョンストンとJ.I.ルーニンは、探査機が衛星フェーベに接近したときの探査機の軌道のわずかな変化からこの衛星の質量をもとめ、不規則な形状をしたこの天体の体積の見積もりと合わせて、密度が1630kg/m3であると見積もった。これは土星の他の氷衛星に比べると際だって大きなものである。彼らは、フェーベが差し渡し200kmという小天体であることから内部に空隙が存在する可能性を検討し、空隙率が30%程度であるとすると固体物質の正味の密度が2000kg/m3程度になり、海王星の衛星トリトンや冥王星を構成する物質と近いと論じている。

 今後、探査機カッシーニは、2005年9月26日に衛星イアペタスに1000kmの距離まで接近する。VIMSによるイアペタスの化学組成の分析と、その空間分布、表面の色調との対応関係について、驚くべき事実が明らかにされるのではないかと期待される。