岐阜大学教育学部理科教育講座(地学)
理科教材データベース
地球の重力場の永年変化から
マントルの粘性率や氷床の融解率を推定する
2005年10月10日

 最終氷期には、グリーンランド、スカンディナビア、カナダなどで氷床が大きく拡大したが、約1万年前に氷床は急激に縮小して今日まで温暖な時代が続いている。こうした氷床の拡大縮小の履歴が、1万年が経過した現在でも、地球の重力場の永年変化を引き起こしている。イタリアのN.Toshiらの研究グループは、過去20年にわたる人工衛星を用いた重力測定データから明らかになった地球重力場の時間変化のデータに基づいて、地球マントルの粘性率の推定を行った[1]。

 地球重力場は、地球の質量分布が変化することで変化するが、数十年から数百年といった時間スケールでみた変化を特に永年変化という。地球の質量分布の変化は、現在進行中の南極やグリーンランドの氷床の融解に伴って起こっているが、より大きな原因として注目されているのが1万年前の氷床の融解過程である。

 地震波の伝播のような短い周期の変形に対しては、地球内部は弾性体として振る舞うが、数100年以上のゆっくりした変形に対しては、地球は粘性体のように振る舞う性質がある。氷床が拡大してある地域を広く覆うと、氷床の重みで地殻やマントルが沈み、周辺地域が隆起するような変形が起こる。氷床が取り除かれると、へこんだ地域は隆起して地球表面全体が均衡のとれた高度へと回復する。こうした変動は大変ゆっくりしているので、1万年前の氷床の縮小の影響が今日の地球重力場の時間変化の原因となっているというわけである。実際、氷床が取り除かれたスカンディナビア半島周辺では、現在でもわずかずつ大地が隆起している。

 つまり、現在の地球の重力場の変化には2つの原因があり、ひとつは現在進行中のグリーンランドや南極の氷床の縮小、もうひとつは1万年前の氷床消滅に対する大地の反発作用である。Toshiらの研究グループは、前者の原因となるグリーンランドや南極の氷床融解率と、後者の時間変化を左右するマントルの粘性率を同時に求める解析手法を考案し、人工衛星を用いた地球重力場の観測データを説明するモデルを求めた。

 得られた結果によると、下部マントルの粘性率は上部マントルより約1桁大きい5x1021〜1022パスカル・秒(Pa s)となった。また、南極とグリーンランドの氷床融解率は1年当たり280ギガトン、60ギガトンであり、海水面の上昇率は1年当たり1mmと推定された。

 もしマントルの粘性率の推定値がこの値より大きいと、南極やグリーンランドの氷床の融解率はもっと大きな値になる。人工衛星を用いた地球重力場の測定は、継続して行われているので、今後地球重力場の永年変化量のデータが蓄積されると、より精度の高い見積もりができるようになる。

 なお、最近の研究で、北極の氷床が急激に縮小しているという報告が出されたが、氷床の融解が加速すると、さらに明瞭な地球重力場の永年変化として現れるようになる。近い将来、マントルの粘性率の推定精度が向上すれば、地球重力場は地球温暖化の進行状況を把握する重要なパラメータになるだろう。



[1] Toshi, N., R. Sabadini, and A. M. Marotta (2005) Simultaneous inversion for the Earth’s mantle viscosity and ice mass imbalance in Antarctica and Greenland. J. Geophys. Res., 110, B07-402.