岐阜大学教育学部理科教育講座(地学)
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粘土鉱物が語る火星表層環境の歴史
2005年12月4日

 近年、周回軌道をとりつつ表面を探査するオービターや表面に着陸したローバーによる火星探査で、火星の表層環境とその歴史に関する新しい発見が相次いでいる。火星探査車オポチュニティがメリディアニ平原で、ブルーベリーと呼ばれている赤鉄鉱(ヘマタイト)の粒子や、ジャロサイトという硫酸塩鉱物に富んだ地層を発見し、かつて火星に大量の水が存在していたことの物的証拠が得られ注目された。また、かつて火星にも河川があったことを物語る地形についても説得力のある画像が多数得られており、火星がかつて水惑星であったことを決定的にした。

 かつて火星に大量の水があったとすれば、水が関与してできた堆積岩や、水と岩石が反応してできた鉱物の証拠がまだまだあるはずである。地球では海洋でできた地層として石灰岩などの炭酸塩岩や岩塩などの蒸発岩、さらに地表には岩石と水の反応でできるさまざまな粘土鉱物が豊富に存在する。こうした岩石や鉱物は火星表面にも存在するのか、あるとすればそれらはどこにあるのか。

 ヨーロッパ宇宙機関(ESA)が送り込んだマース・エックスプレス探査機に搭載された反射スペクトル撮像システム(OMEGA実験)による火星の全球マッピングが行われ、火星表面における粘土鉱物の分布が明らかにされた[1]。

 火星表面にどのような粘土鉱物が存在するのかをどのように調べるのか。まず、水の存在を示唆する波長1.9 μmの吸収バンドの存在に注目する。さらにOH基と陽イオンの結合バンドによる吸収帯域2.2〜 2.4μmにおける吸収バンドの形態からノントロナイト、カモサイト、モンモリロナイトといった粘土鉱物が存在することが明らかにされた。

 この研究で重要な発見は、こうした粘土鉱物の分布が火星表面全面ではなく、限られた地域にのみ分布していることが表層環境の歴史を読み解くうえで重要な手がかりとなった。それらは黒っぽい色をした地域と侵食作用であらわになった露頭にのみ見られた。黒っぽい色をした地域も侵食作用で地下の地層が露出したものであり、粘土鉱物が火星の表層深部を構成していることが示唆された。しかもこうした地域はクレーターが密にできた火星の古い地殻に集中しており、若い時代の地殻にはみられない。

 一方、メリディアニ平原でみつかったジャロサイトを多く含む地層は酸性の水の作用でできるものであり、こうした層は粘土鉱物を含む層より若く、上位に形成されたものであると解釈された。

 すなわち、火星に水が豊富に存在し、岩石と水が反応して粘土鉱物ができるような環境は火星初期のものであり、時代とともに火星の表層水は硫酸酸性の水へと移り変わってきたらしい。火星環境における粘土鉱物の形成環境の研究は、火星初期の気候がどのようなものであったのかを解明する重要な手がかりとなるだろう。

[1] Poulet, F. et al. (2005) Phyllosilicates on Mars and implications for early martian climate. Nature, 438,623-627.