岐阜大学教育学部理科教育講座(地学)
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地球温暖化によって
北大西洋の海洋深層水循環が弱まり始めた!
2005年12月5日

 ロンドンは北緯50度、パリは北緯49度に位置している。北海道の北端の宗谷岬が北緯45度なので、ヨーロッパはかなり緯度が高い。にもかかわらずヨーロッパの気候が寒冷であるという印象がないのは、大西洋を北上してくるメキシコ湾流の一部がスペインやイギリスの沖合を通過して北海にまで流れ込み、大気に熱や水蒸気を供給しているからである。北上した海水は徐々に冷え、海面から水蒸気が蒸発する効果も加わって密度が大きくなり、ノルウェー沖で潜り込んで深層水として再び大西洋を南下していく。

 もしこうした海水の流れが滞ったらどうなるか。気候モデルによるシミュレーションによるとヨーロッパでは気温が4度も低下するという。しかも現在も少しずつ進行しているとされる地球温暖化の影響として・・・。これはヨーロッパの農業に計り知れない影響を与えることになりかねない。

 地球が温暖化すると北大西洋の海洋循環が弱まるわけは、まず温暖化によってヨーロッパや北米で降水量が多くなり、河川水の流入量が増えること。それから温暖化によってグリーンランドの氷床が融解することが考えられている。これらは海水の塩分濃度を下げるので、北大西洋の表層海水の密度が小さくなって、深層水としての沈み込む割合が減り、メキシコ湾流として北上してきた海水は中緯度で時計回りに巡って再び南下する表層海流として循環を閉じることになる。

 イギリスの国立海洋学センターのH. L. Brydenらの研究グループは、1950年代からの海洋観測データをもとに、北大西洋の海水の流量変化を解析し、過去50年間に北大西洋への表層海水の流れや深層海水の南下の流れが弱まっていることを報告した[1]。

 北緯25度に沿った海洋観測は1957年、1981年、1992年、1998年、2004年に行われており、深度ごとに水温や塩分濃度が測定されている。こうしたデータから海水の密度分布が求められた。さらに海水の流れが地衡流(geostrophic flow)であるとすると、温度風方程式(thermal wind equation)から、密度の空間変化から流速が計算できる。こうした計算をもとに深度ごとに流量が導かれた。

 得られた計算結果を測定年ごとに比較すると、表層海水の北上の割合だけでなく、深層海水の南下も弱まっていることが示された。こうした変化は、地球温暖化にともなう北大西洋の海洋循環への影響に関するシミュレーションから予想されたものであり、すでに地球温暖化の影響が現れ始めていることを示唆している。こうした変化によって、今後のヨーロッパの気候変動にどのように影響していくのか。さらに世界の気候へ与えるインパクトはどのようなのか。
 北大西洋の海洋循環の変動のモニタリングは、今後さらに注目を集めることになりそうだ。

[1] Bryden, H. L. et al. (2005) Slowing of the Atlantic meridional overturning circulation at 25°N. Nature, 438, 655-657.