岐阜大学教育学部理科教育講座(地学)
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スズメガの幼虫の色にみられる
ポリフェニズムの起源
2006年4月10日

図1:キアゲハの蛹のポリフェニズム.
同じ場所で見つかったキアゲハの蛹であるが,褐色のものと緑色のものがある.
画像提供=藤田さん


 昆虫のなかには,同じ種でも環境に応じてまったく異なる表現型を持つことが良くある.たとえば,同じ種でも翅を持つ働きアリと翅を持たないものがいる.また,アゲハの蛹の色には褐色型と緑色型がある(図1).このような現象をポリフェニズムと呼び,どのようなしきい値によって表現型の選択が変化するか多くの例が報告されている.しかし,このポリフェニズムがどのようなメカニズムで獲得されるかについてはよくわかっていない.

 アメリカのデューク大学のSuzukiとNijhoutはスズメガの1種の幼虫の研究によって,幼年期のホルモンの量の制御がポリフェニズムを与えることができることを示した.

 スズメガの幼虫の色は典型的なポリフェニズムの例として知られている.tomato hornwormというスズメガの幼虫は気温が28℃より高いと緑色になるが,それより低い温度では黒色になることが知られている.これは寒いところでは日光を十分に吸収し体温を上げることができる黒色のほうが有利であり,温暖なところでは保護色である緑色の方が生き残るためには適しているためであると考えられている.しかし,どのようにしてこのような都合のいい"スイッチ"を進化の過程で手に入れることができたのだろうか?

 名前が似ていて紛らわしいが,tobacco hornwormというスズメガの場合,温度に関係なく幼虫は緑色である.そしてこの種については幼年期にホルモンの量を抑制する変異を与えると,幼虫が温度に関係なく黒色になることが知られていた.この変異を与えた幼虫の集団に幼年期に熱のショックを与えると黒色のものからやや緑色のものまで変異が発生する.この中で黒色のものだけを選択し交配を続けるとその集団は熱ショックに依存せずまったく黒色の幼虫のグループとなる.また熱ショックを与えると緑色になるものだけを選択し交配を続けるとその集団は20℃以下ではまったく黒色で,33℃以上ではまったく緑色となり,さらにその中間的な温度では中間的な色を呈するグループとなった.

 この実験によって示されたホルモン量の変化によるスズメガの幼虫の色に関するポリフェニズムの獲得は,生物進化のタイムスケールから考えると非常に短期間にポリフェニズムを獲得しうることを示す興味深い例といえるだろう.

 図1:キアゲハの蛹のポリフェニズム.同じ場所で見つかったキアゲハの蛹であるが,褐色のものと緑色のものがある.画像提供=藤田さん

参考文献:Evolution of a Polyphenism by Genetic Accommodation
  Y. Suzuki and F.H. Nijhout (2006), Science, vol. 311, 650-652.