岐阜大学教育学部理科教育講座(地学)
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海王星の衛星トリトンの起源に新説
2006年5月17日


図1:海王星

図2:海王星の衛星・トリトン

(共にNASA提供)


木星型惑星のまわりには数多くの衛星が周回している。それらは大きく2つのグループに分けられている。それらは規則衛星(regular satellites)と不規則衛星(irregular satellites)と呼ばれている。規則衛星は惑星の赤道面とほぼ一致する円軌道を描いて公転しており、しかも惑星に近いところを公転している。一方、不規則衛星の軌道はいびつ(軌道離心率が大きいことを意味する)で、多くのものは惑星の公転や自転の向きとは逆の公転運動をしている。

海王星のトリトンは、海王星の半径の17倍の距離は6.3872日で逆行する不規則衛星である。軌道離心率はゼロに近くほぼ円軌道であるが、軌道傾斜角は160度で、海王星の赤道面からはおおきく傾いている。海王星の大きさは半径1353kmであり、不規則衛星としては太陽系最大で、第9惑星と呼ばれている冥王星よりも大きい。

トリトンがどのようにして海王星の衛星となったかは、惑星科学における大きな謎であった。軌道の特徴からトリトンはたまたま海王星に遭遇してその重力圏に捕獲された衛星であると考えられてきた。だが、そのメカニズムが問題であった。

小さな衛星が惑星の重力圏に捕獲されるには公転運動に大きなブレーキが必要である。かつて海王星はいまよりももっと大きなガスをまとっており、ガスの抵抗でトリトンが海王星に捕獲されたのではないかという説がある。この説の弱点はトリトンのような大きな天体をガス抵抗でブレーキをかけるのはほとんど無理だというわけである。もっと過激な説では、たまたま海王星の重力圏に飛び込んできたトリトンと海王星の周りを回っていた衛星が衝突してこなごなに砕け、その破片が集まって海王星ができたというものもある。この説ではトリトンは捕獲されたというよりも粉々にくだけた天体の残骸からトリトンが新たに生まれたといいかえたほうがよいかもしれない。

最近、カリフォルニア大学のAgnorとHamiltonという二人の惑星科学者は、冥王星とカロンのような連星系が海王星に遭遇し、一方が捕獲されて衛星になり、もう一方が飛び去ったとする新説をイギリスの科学雑誌ネイチャーの2006年5月11日号に発表した。彼らは、連星の大きさ、共通重心からの距離、海王星との遭遇速度などを変えて、連星の一つが衛星となる条件や、捕獲された衛星の軌道の大きさについて、数値シミュレーションの結果をまとめ、トリトンの形成条件について論じている。その結果によると、連星系と惑星のありそうな条件を与えると、その一つが衛星として捕獲されるというのはありそうなメカニズムであるというわけだ。

では、そうした連星系と惑星との遭遇の確率についてはどうか。最近の天体観測によると、外部太陽系に存在するカイパーベルト天体のうちの10-20%は連星系だという。太陽系形成期に存在した多くの微惑星が連星系をなしていたとすれば、それらが原始惑星と遭遇して不規則衛星となる確率は、孤立した微惑星がなんらかのブレーキ作用で惑星の重力圏に捕獲されるより可能性が高いというわけだ。すなわち、AgnorとHamiltonの新説は、他の不規則衛星の起源を説明する枠組みを与えるようになるのではと多くの惑星科学者は期待している。

トリトンの大きさは冥王星と近いが、密度や化学組成も冥王星や冥王星の衛星カロンとよく似ている。冥王星―カロンという連星系が海王星と遭遇して一つが衛星として取り残されたと考えると、これらの衛星の密度や化学組成がよく似ていることともつじつまがあっている。今回提示された新説は、不規則衛星の捕獲を説明する有力な説として注目されそうだ。

写真1:海王星(NASA提供)
写真2:海王星の衛星トリトン(NASA提供)