岐阜大学教育学部理科教育講座(地学)
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チベット高原の急激な隆起は
700万年以降に起こった!
2006年5月23日

写真:国際宇宙ステーションからみたヒマラヤ山脈(提供NASA)。南向きで中央やや上にエベレストがみえる。


 ヒマラヤ山脈とチベット高原は世界の屋根とも呼ばれるように、アジア大陸の中央にそびえたっている。その高い標高によって北半球の大気の流れはさえぎられグローバルな気候に影響を与えている。とりわけ、インドや東アジアのモンスーンを作り出す重要な要因ともなっている.

 ヒマラヤを含めたチベット高原の上昇史の解明は気候の変動を理解する上で重要な問題とみなされてきた[1].チベット高原の急速な上昇は中新世初期にはじまり,800万年前ごろには4〜5000mの高さに到達したという説や,もっと後の時代の中期更新世の終わり,数十万年前ごろであるという説もある.すなわち、今日のヒマラヤやチベット高原の地形的な高まりが、いつごろ形成されたのかが、大きな論争になってきた。フロリダ州立大学のWangらの研究グループは,およそ700万年前の草食動物の歯化石の炭素同位体比の測定から,当時まだチベット高原は3000mに達しない程度の標高であったと結論づけた論文をアメリカ地質学会誌Geologyに発表した[2]。

 草食動物の歯の炭素同位体比からどうしてチベット高原の標高がわかるのであろうか?重要な鍵となるのが,C4植物とC3植物の炭素同位体比の違いである。植物は炭素固定のしくみの違いによってC3植物とC4植物に分けられる. これは光合成で有機物が合成される際の反応の違いによるもので、C4植物は炭素原子が4個連なった分子を介してでんぷんが作られる。こうしたしくみで光合成を行う植物には、トウモロコシやサトウキビがある。

 さて、C4植物体の炭素同位体比を測定すると、C3植物に比べて約15‰程度高い値をもっている。草食動物が草を食べて成長すると、動物の体を構成する有機物の同位体比はどのような植物を食べるかによって異なった値をもつ。すなわち、C4植物を食べて育った草食動物の歯の炭素同位体比もC3植物を食べて育ったものに比べて高くなるというわけだ.

彼らは、現在標高4200mに位置するGyirong盆地から発見された約700万年前の複数の草食動物の歯の化石について炭素同位体比を測定した結果,これらの草食動物の食草の約30%程度がC4植物だったと推定された.現在,標高1500m以下の場所ではC4植物は豊富に見られるが,2500m以上の場所にはC4植物はほとんど生えておらず,その量は無視できる.C4植物はC3植物に比べて相対的に温暖な環境に適しているが,熱帯地方でも3000m以上の標高ではほとんどC4植物は見られない.これらのことから当時の標高を見積もると3000m以下であったことになる.この値はヒマラヤの上昇が700万年以降に始まったことを示唆しており、ヒマラヤ山脈やチベット高原の隆起が新第三紀の気候変動とどのように関係しているかについて、再検討を促すものになりそうだ。

 一方、ヒマラヤ山脈やチベット高原の最近の急激な隆起した地球内部変動のメカニズムは何なのか。この問題は、地球内部変動と山脈形成、気候変動や植生の変化といった地球システム変動研究におけるトピックスといってよいだろう。

参考文献
[1]川上紳一・東條文治(2006)図解入門・最新地球史がよくわかる本(第9章)、秀和システム。
[2]Wang et al., (2006) Ancient diets indicate significant uplift of southern Tibet after ca. 7 Ma. Geology, 34, 309-312.