岐阜大学教育学部理科教育講座(地学)
理科教材データベース
カンブリア紀前期のベンド紀型動物化石の発見と
二胚葉動物の初期進化.
2006年7月25日

エディアカラ動物群に属する化石は5億7千万年前から5億4千万年前の地層から産出する。これは最初の多細胞動物の化石と考えられてきた.5億4千万年前のカンブリア紀になるとほとんどまったく産出しなくなり,形態も現在知られている動物分類群とは異なるようにみえるため、のカンブリア紀以降の化石群や現生生物との進化的関係が論争になってきた.

図1 a,b, ベンド動物群化石の代表種 チャルニアCharnia, スプリッギナSpriggina:
c, チェンジャン(澄江)から見つかったベンド動物群に似た化石ストロマトヴィリスStromatoveris:
d, バージェスから見つかったベンド動物群に似た化石タウマプティロンThaumaptilon.
(Seilacher et al. (2003), Morris (1993), Shu et al. (2006)に基づく.)


エディアカラ動物群化石のなかにはベンド動物群と呼ばれる共通の特徴を持ったグループが存在する.葉のように薄い体で,表面に規則的な模様を持っているグループである(図1:a,b).Shuらは中国雲南のカンブリア紀初期のチェンジャン層からこのベンド動物群に似た化石を発見し,この化石の動物進化学的位置づけについて考察した論文をサイエンス誌に発表した.

この化石はストロマトヴェリス(Stromatoveris)と名づけられた.2.5〜7.5cmの細長い円筒形の中空の生物で,円筒形の内部には堆積物が詰まった状態で化石として産出する.円筒形の体は薄くフィルム状でその表面には複雑な模様が観察できる(図1:c).円筒形の長軸にそって1本明瞭な線があり,そこから斜交して15本程度の細い溝が延びている.このような形態は薄い体と,その表面に見られる規則的な線状の模様というベンド動物群の形態にそっくりというわけだ.

Shurらはこの細い溝を有櫛動物の「櫛板列」の前駆的な構造と考えて,ストロマトヴィリスStromatoverisは原始的な有櫛動物であると解釈した.現在知られている有櫛動物は球形から楕円形で8本の「櫛板列」を持ち,海水中を浮遊して生活している.ストロマトヴェリスStromatoverisは円筒形の内部が堆積物でつまっているので,底生生活をしていたと考えられるが,現在の有櫛動物の浮遊生活様式はその後の進化で獲得されたと考えれば矛盾しないと考えた.

これまでにもエディアカラ化石の生き残りといわれるものがカンブリア紀の地層から産出することが報告されている.タウマプティロンThaumaptilonがそれであるが,これも葉のような薄い体をしていてベンド動物群に類似の形態を持っている(図1:d).タウマプティロンThaumaptilonは体表面に刺胞動物に見られる個虫の痕跡がみられることから,刺胞動物のウミエラのなかまと考えられた.今回報告されたストロマトヴェリスStromatoverisでは個虫の痕跡はまったくみられず,タウマプティロンThaumaptilonとはだいぶ異なる生物とShuらはみなした.

図2二胚葉動物の系統樹におけるストロマトヴェリスStromatoverisの位置づけ.


Shuらはこうした形態的な特徴をもとに,これらの化石を含む動物の系統樹を描いている(図2).これらの化石形態と現生動物の類似性の議論が的を射ているとすると,ベンド紀型動物群は現在の二杯葉動物に直接つながる祖先的なグループということになる.しかし,これはドイツの古生物学者A.ザイラッハー教授が提唱した従来の見解と真っ向から対立するものだ.Shuらの見解を裏づけるには,今後エディアカラ動物群化石と現在も存在する生物との中間的な形態の化石がさらに発見されることが必要だ.

引用文献
Shu et al. (2006) Lower Cambrian Vendobionts from China and Early Diploblast Evolution, Science, 312, 731-734.