岐阜大学教育学部理科教育講座(地学)
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核−マントル境界に存在する超低速度領域の正体
2006年10月12日

 地球中心核と下部マントルの境界付近は、地球内部でもっとも不均質性の高い領域である。マントル最深部の厚さ200kmの層は、地震波速度構造が下部マントルの他の領域と異なる性質があるとして、D”(Dダブルプライム)層と呼ばれてきた。D”層は、地震波速度が不均質なだけでなく、速度が急激にジャンプする不連続面が存在することや、地震波の伝わる速度が方位によって異なる性質(異方性)が存在するという証拠もあり、その成因は地球科学におけるトピックスとなっている。さらに、D”層はマントル対流運動における高温の物質が上昇するプルームの発生源、沈み込んだプレート(スラブともいう)の蓄積している場所であり、地球内部ダイナミクスにおいても重要な役割を果たしている領域であるとみなされてきた。

 最近の地震学的研究によって、D”層に地震波速度が著しく低下している領域(超低速度層:Ultralow-velocity Zone(ULVZ))が発見され、その成因に関する議論が高まっていた。アメリカのロスアラモス研究所のW.L. Maoら地球物質科学の研究者たちは、超低速度領域を構成する物質が、2004年に東京工業大学の村上らが発見したポスト-ペロブスカイト相と名づけられた高圧鉱物であることを示す新たな物質科学的データを提示した[1]。

 地球を構成する鉱物は、それがおかれている温度や圧力によって結晶構造が変化する。たとえば、炭素原子が集まってできている石墨という鉱物は圧力が加わるとダイヤモンドになる。マントルを構成するかんらん石については圧力が高まると、変形スピネル、スピネルへと変化し、さらに高い圧力ではペロブスカイトと酸化物鉱物へと相転移することが知られていた。2004年に村上らは、ペロブスカイトがさらにマントル最深部に相当するような高い圧力で、安定な新鉱物になることを発見した[2]。この鉱物はポスト‐ペロブスカイト相と呼ばれている。ポスト−ペロブスカイトの形成がD”層の地震学的特長をうまく説明できるのか。世界の地球科学者たちから、この新鉱物の地球科学的位置づけに関する注目が集まっていたのである。

 Maoらは、ポスト-ペロブスカイトを合成し、地震波速度と弾性係数の一つであるポアッソン比を求める一連の実験を行った。まず放射光を利用した核共鳴非弾性スペクトル測定という実験で、鉱物の弾性振動のスペクトルを求め、その結果から地震波速度の値を求めた。一方、X解回折を行って結晶格子のパラメータを求め、その結果を状態方程式に当てはめて、弾性係数を見積もった。こうした結果をもとにポアッソン比が計算されたわけだ。

 得られた結果をみると、P波速度12.72km/s、S波速度4.86km/s、ポアッソン比0.41であった。地震学的に見積もられた超低速度層の値は、12.35km/s、5.08km/s、0.40であり、ポスト-ペロブスカイトの弾性的性質と超低速度層の弾性的性質がほぼ合っていることが示された。

 さらにMaoらが行った実験で合成されたポスト-ペロブスカイト相には、FeSiO3が40%も含まれている。これはペロブスカイト結晶に固溶するFe端成分の割合が高々15%とされていたことからすると、きわめて高いFe端成分の固溶率である。こうした高い固溶率は超低速度層が高い密度をもっていることも説明できる可能性があり、ポスト-ペロブスカイト相と超低速度層の対応関係の詳細な検討は、今後の重要課題となりそうだ。

 マントル最深部における新鉱物の存在は、地球内部ダイナミクスにおける見方を大きく変える可能性を秘めている。マントルプルームの発生など、マントル対流運動におけるこの相の影響はどのようなものか。中心核とマントルの間の熱輸送における影響はあるか。この鉱物の存在は地球の熱的歴史、中心核の冷却史、さらに内核の成長や地球磁場の変遷にどのような影響を与えたのか。地球科学のさまざまな概念の再検討の行方を注視する必要があるだろう。

[1] Mao, W. L. et al. (2006) Iron-rich post-perovskite and the origin of ultralow-velocity zones. Science, 312, 564-565.
[2] Murakami, M. et al. (2004) Post-perovskite phase transition in MgSiO3. Science, 304, 855-858.