岐阜大学教育学部理科教育講座(地学)
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5500万年前の突発的温暖化事件と北大西洋の海洋底拡大
2007年5月15日
 今から5500万年前の暁新世末から始新世初期にかけて、地球の気候は一時的に温暖化した。このときの温暖化では海面温度は5-6度も上昇したとされ、深海底に生息する有孔虫群集が絶滅している。その原因が北大西洋における海洋底拡大の始まりにあることが示唆されていたが、デンマークの地球年代学者M. ストーレイらによって行われた北大西洋周辺に分布する火山岩の年代測定で、両者の関連性がしっかりと裏づけられた[1]。

北大西洋における海洋底拡大の始まりは、大規模な洪水玄武岩の活動で特徴づけられる。そのマグマの供給はアイスランドホットスポットの活動との関連が示唆されているものである。洪水玄武岩は、現在大西洋を隔てたグリーンランドの東部と、アイスランドとイギリスの間にあるロッカール海台に広く分布している。ストーレイらは、まずグリーンランドの洪水玄武岩の活動の歴史を調べるため、いくつかの岩体で岩石を採集し、40Ar-39Ar法による年代測定を行った。火山活動の始まりは6000万年前ごろにまでさかのぼるが、大規模なマグマの流出は5610万年前に始まったこと、またマグマの化学組成から中央海嶺玄武岩(MORB)と同様の組成をもつマグマの活動が5560万年前ごろから始まったことを明らかにした。

さて、こうした火山活動の推移と突発的温暖化事件の時間的対応が問題になる。ストーレイらは北大西洋に分布するAsh-17と名づけられた火山灰層、さらに東グリーンランドに分布するSF火山灰層の年代測定を行い、それらがともに5510万年前という年代値を示し、年代学的にも化学組成や鉱物組成からも同一の起源であると論じた。さらにこの火山灰層は洪水玄武岩層を覆う堆積物中に産するものであり、海底堆積物の層序から温暖化事件の発生から45万年後に活動したものであると見積もった。これは温暖化事件の発生が5560万年前であることを意味している。

 5560万年前という年代値は測定誤差を考慮すると、洪水玄武岩の活動開始年代である5610万年前、さらに5550万年前ごろのMORBの活動開始で特徴づけられる海洋底拡大にも結びつけられる。いずれにしてもグリーンランドとヨーロッパを分断したリフトの形成と海洋底拡大に付随した火山活動であることは確定的といえる。

では、温室効果ガスが火山活動そのものに付随する火山ガスなのか、マグマの熱によってメタンハイドレートが融解したものか。従来から言われているようにメタンハイドレートの溶け出しで温暖化が起こったとすると、リフトの形成発達史とメタンハイドレートの蓄積のメカニズムの解明は今後の重要な課題となるだろう。

5500万年前の突発的温暖化事件は、大気中の温室効果ガスの一時的増加によるものであり、その原因が海洋底拡大にともなう火山活動が原因となったユニークな出来事であり、今後の研究の進展によって、地球システム変動の実態が浮き彫りにされるものと期待される。


[1] Storey, M. et al. (2007) Science, 316, 587-589.