岐阜大学教育学部理科教育講座(地学)
理科教材データベース
書評:大気の海
なぜ風は吹き、生命が地球に満ちたのか
ガブリエル・ウォーカー(著)渡会圭子(訳)、早川書房(2008)
2008年2月4日

「大気の海-なぜ風は吹き、生命が地球に満ちたのか」と題する新刊書を読んだ。著者と訳者は、「スノーボール・アース」で毎日出版文化賞を受賞した、ガブリエル・ウォーカーさんと、渡会圭子さんのペアだ。「スノーボール・アース」で、科学の最前線とそこで活躍する科学者を生き生き描いた著者による、地球科学における大発見とそれに携わった一流の科学者たちのドラマに関する本だとタイトルを見て直感した。ストーリーの展開がどうなっているか、知りたい気持ちを抑えて、順番に読んでいくことにした。

プロローグでは、大気上層から宇宙服を着てダイビングしたキーリングの偉大な冒険が紹介される。生命を維持する大気の海の全体像を上空から落下するキーリングの視点で概観したものだ。地球大気に関する新しい研究の現場へと読者へいざなう入り口と直感し、この先に何が語られているか興味をひく導入である。 だが、第一章は意外にも17世紀のガリレオ・ガリレイの物語から始まる。天体望遠鏡を発明して、太陽系の姿をつぶさに観察したガリレオの新たな挑戦としての大気の重さを量る試みが語られる。ガリレオの着想に刺激され、トリチェリやボイルの実験の概要が紹介され、私たちが大気の底で生きていることが確認される。こうした発見の物語は、小中学校の気圧や大気組成を学習するときに、子どもたちに紹介したいエピソードである。

第二章は、酸素というものを燃やす分子が大気中に含まれることを明らかにしたプリーストリーやラボアジェの物語であり、酸素がものを燃やす働きがあると同時に、私たちが行っている呼吸における酸素の役割が語られる。 第三章は、二酸化炭素。この気体が赤外線を吸収することで、地球大気が温暖な状態に維持されている。そのしくみを考察したのは、スウェーデンの物理化学者アーレニウスだ。地球の気候をモニターするため、ハワイの休火山の山頂で二酸化炭素濃度を測定したキーリングの取り組みが紹介される。 第四章は、一転してコロンブスの偉大な冒険とそれを可能にした地球の大気循環に関する物語。ここでは、フェレルというあまり知られていない気象学者の物語が大きく取り上げられる。(あとがきを読んでわかったが、ウォーカーさん自身、フェレルの物語を発掘するのに苦労しており、この章は、科学史的にも興味深い内容となっている。)

第五章は、フロンガスとオゾン層の破壊、第6章はマルコーニと電離層の物語、第7章はバンアレン帯とオーロラのしくみにいどんだビルケランドの物語だ。  私は、ウォーカーさんの語りに引き込まれ、最後まで一気に読み進んだ。渡会圭子さんの日本語訳も相変わらずすばらしく、登場人物が歴史時代の人々であるにもかかわらず、そのひととなりや生涯がいまも生きているような錯覚に陥るほど生き生きと語られ、大気にまつわる大きななぞにあふれんばかりの好奇心と集中力、熱意で取り組んでいく姿に魅了される。そして、登場人物は、みな古きよき時代に活躍したすばらしい科学者たちなのだと実感する。

いま科学は矮小化され、国家の富のための道具とされ、若手研究者たちはプロジェクトを担う消耗品のように扱われているような印象を受ける。もっと科学は神聖なもので、自然界のなぞを解き明かす偉大な営みだったはずだ。地球にはまだまだ多くのなぞがある。そうしたなぞを知性と野心と、情熱で解き明かそうという純粋な知的探究心にはだれもが感動をおぼえるだろう。そうしたメッセージを本書の内容と文章表現から感じ取ることができる。

本書は科学の探求をした人々の物語であり、科学的知見を解説したものではない。だからこそ、科学の世界から遠い方々に広く呼んで、科学とは何か、科学にたずさわる人々の純粋な精神に触れていただきたいという思いを抱いた。