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楽しく学ぶ理科授業
- 現職教員と連携した「理科教材データベース」の開発と授業実践による検証 -

川上紳一
岐阜大学教育学部理科教育講座(地学)



1.はじめに

 小中学校の理科授業では、教材や指導法のちょっとした工夫で、児童・生徒の興味が高まることがある。自然の不思議さ、美しさに触れて感動したり、疑問に思ったことを調べて納得できると嬉しくなり、さらなる探求へと目覚めていく子どもたちの姿を見ることができる。小中学校ではさまざまな内容を学習することになっているが、個々の単元ごとに教材を発掘したり、指導法を検討するには、学校現場で日ごろ授業に取り組んでいる先生方と交流し、学習者である子どもたちの姿をよく理解する必要がある。そしてどうしたら楽しく学ぶ授業を実践できるかを現場の先生方といっしょに考えていくことが大切なのではなかろうか。

 筆者は、平成14年度から文部科学省特定領域研究「新世紀型理数科教育の展開研究」の公募研究A03であるITを活用したカリキュラム開発(研究総括者:清水康隆メディア教育開発センター理事長)の公募研究として、理科教育のなかで、とりわけ生物分野と地学分野におけるデジタル教材(「理科教材データベース」)の開発を進めてきた[1]。現在、構築した教材は天文分野、気象分野、固体地球科学分野、植物分野、動物分野、環境教育分野など多岐にわたり、内容も膨大なものになってきた。こうした教材は学校現場の先生方の授業支援や児童・生徒の学習内容の予備知識獲得や学習後の確認のために利用していただくことを念頭においている。その開発には画像や映像はできるだけ美しく、見たひとに感動を与え、自分の目で見てみたいという動機づけを与えるよう力を注いでいる。実際の取材では、小中学校の授業を見学させていただいているものも多くある。

 さて、岐阜県総合教育センターと岐阜大学教育学部の連携による現職教員研修では、こうして開発したデジタル教材をまず見ていただき、それぞれの研修教員が学校現場で抱いている課題と照らし合わせ、研修内容を決めるようにしている。また、この研修を通じて開発した新たな教材は「理科教材データベース」に付け加えている。図1にデジタル・コンテンツ「理科教材データベース」の開発と現職教員支援に関する基本的考え方を示す。


2.研修のテーマについて

 筆者のところに研修に来られた小中高校の教員は、平成15年度5名、平成16年度4名で、その内訳は、小学校教諭4名、中学校教諭4名、工業高校教諭1名である。

 工業高校教諭は、高校生が危険物取扱資格の取得のために受験勉強する内容を新たに始まった高等学校「理科総合B」の授業の中に位置づけて、この科目の学習で危険物の物理化学的性質や保管、取扱方について指導する指導案を作成した。たまたま筆者は、高等学校「理科総合B」の教科書を分担執筆しており、学習内容をデジタル教材化していたため[2]、研修課題を的確にしぼり込むことができた。

 次に中学校教諭4名の取り組んだ課題は、(1)天体望遠鏡製作キット(スピカ)の製作を取り入れた授業展開[3]、(2)地層のでき方を学習する流体実験装置の工夫[4]、(3)氷縞粘土岩を用いた地層の学習[5]、(4)酸性雨の測定を採り入れた選択学習の実践[6]である。いずれも筆者がとりくんできたデジタル教材の成果物と緊密に関連したものであり、あとに紹介するようにそれぞれ手応えのある研修成果があげられたものと考える。

 小学校教諭の課題は、(1)ものの温まり方、(2)水溶液の性質、(3)小学1年の生活科身近な木の実を用いた工作、(4)月の動きである。(1)〜(3)については、「物質とエネルギー」や生活科に関する内容であり、筆者が得意とするテーマではなかった。しかし、研修にやってきた先生方の問題意識がそうした内容であったため、できるだけ魅力的な指導法を確立できるよう支援した。

 (4)の月の動きについては、これまでに岐阜大学附属小学校の先生方と取り組んできた課題であったため、子どもたちの姿や学習達成度を考慮して、デジタルビデオを上昇する満月を撮影し、早送りした教材で、授業実践を行うことにした。


3.研修の成果の事例

(1)上昇する満月のビデオ教材の作成と授業実践

 平成16年度の研修教員のA先生とは、小学4年の「月と星」の指導法と教材開発について、どのようなことをするか協議した。小学4年生は各自が自宅で月の観察を進めることになっている。これまで岐阜大学附属小学校で行ってきた授業実践で、子どもたちの方位に関する認識がしっかりしていないため、月がどちらの方角から上昇し、どういう経路を通って没するようになるのかをおのおのの観察記録をもとに交流しても合意できないことが明らかになった。授業のまとめで子どもたちが一人ひとりが納得するには、みんなが知っている校庭で上昇する満月のビデオがあったらいいのではないか。そう考えて、A先生には研修期間中に満月のビデオ映像を撮影して頂いた。夜間のビデオ撮影には感度の高いビデオが必要であり、大学の備品であるSony PD-150を貸し出して撮影していただき、早送りしたビデオを岐阜大学教育学部の「理科教材データベース」に追加した[7]。図2にそのトップページを示す。以下に引用するメールは、授業実践後にA先生から頂いたものである:


 大変報告が遅くなりすみません。「月と星」の授業は無事終わりました。パソコンとプロジェクターをつないで授業で活用したことが初めてでしたので、まずうまく活用できるかどきどきしておりました。・・・(中略)・・・子供たちはパソコンやプロジェクターを教室内に持ち込むあたりから、何をするのだろうと期待しているようでしたが、満月の動画の時には、その子供らしい反応に自分自身が感動してしまいました。「月が動いとる」「立体的や」「超早送りや、雲もすごい」など、月が動く様子もさながら、技術的なことにも驚いていたようです。私が撮影したあのB小学校ともよくわからない暗い映像にも、「先生、あれすずかけの木だね。分かるよ」などと慰めてくれ、あの撮影も無駄ではなかったと安堵しました。・・・


(2) 氷縞粘土岩を用いた地層の学習

 岐阜市立C中学校のD教諭は、ロシア白海海岸で採集した氷縞粘土岩40個を用いた地層のでき方に関する指導法を考えていただいた。岩石はこぶし大の大きさで、一つ一つに細かい縞がある。こうした縞模様のある石は地層の二次元的な広がりや、断層や褶曲といった地層の変形を観察する格好の教材になると考えて収集したものである。そうした趣旨を説明したあと、実際に中学校の授業でどのように活用するか指導案を作成していただいた。

 氷縞粘土岩の縞模様は夏季と冬季で氷河の融解の違いを反映し、1年に1セットずつ縞模様ができる。このことに着目すると、生徒一人一つずつわたした小石に何年分の時間が流れているか調べることができる。D教諭は、そう考えてまず氷河作用など、与えられた石の縞模様がどのようにできたのかについて予備知識を提示した。生徒らの課題は、自分のもっている石に何年分の縞模様が刻まれているか調べることである。その課題を通じて、生徒たちは地層に刻まれた時間という概念を獲得するようになる。地層という空間的概念と時間の流れという概念を結びつけた授業実践は、従来にないオリジナリティの高いものである。

 この実践については、年度末に行ったため、残念ながら教育効果について充分な考察をする材料を残すことができなかった。今年再度授業実践を行って、論文としてまとめる予定である。


4.今後の課題

 本稿では、紙数の関係から他の教員の研修成果について、具体的に紹介することはできなかった。A先生の実践は、学校現場で活躍している先生方を少し支援するだけで、子どもたちが生き生きとした姿を見せることを明らかにした。そうした子どもたちに接することで、指導する教員も新たな感動を覚え、自分の教育実践活動を見直す機会が得られたものと考える。

 一方、研修課題のなかで、電流の学習やものの温まり方の学習、小学1年生の生活科の授業実践については、新しい教材の導入や、実験や観察による指導法の工夫などについて、検討が不十分で充分に対応することができなかったのではないかと気になっている。

 研修にやってくる先生方は、コースの題目や内容を見ながら選択するコースを選んでいるのだろうが、具体的内容についてまで深く考えていない場合は、有効な研修の機会を提供できないかもしれない。そうしたことにならないようにするには、もっと研究室の取り組みについて情報発信して、連携がスムーズにいくようなシステムの構築が望まれる。



謝辞。

平成15年、16年の現職教員研修の実施では、天体望遠鏡製作キット(スピカ)、アクリルガラス、酸性雨採集装置、pH試験液など、必要な物品は科学研究費補助金特定領域研究(2)生物・地学分野におけるデジタル教材開発と初等中等教育現場での教育実践研究(代表者・川上紳一、課題番号15020227)の一部を使用した。ここに記して感謝いたします。