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書評


「世界の果てが砕け散る-サンフランシスコ地震と地質学の大発展-」
サイモン・ウィンチェスター(著)・柴田裕之(訳) (早川書房)

 本書の表紙を目にしたとき、私は黒文字で書かれたタイトルにまず驚いた[1]。世界の果てが砕け散るとはどういうことか? その下に赤い字で書かれた副題で、20世紀初頭に起こった大地震でアメリカの都市が破壊されたときの物語であることがわかった。そして、副題の後半の「地質学の大発展」というタイトルからは、この地震によってアメリカにおける地質学や地震学の研究がどのように進んだかをじっくりとたどれるのではないかと期待した。

 著者は、「クラカトアの大噴火」や「世界を変えた地図」などの作品で有名なサイモン・ウィンチェスターというサイエンスライターである。「クラカトアの大噴火」では、19世紀の大噴火が世界中を驚かせたことを、地球科学の進歩とともにわかりやすく解説していた。また、「世界を変えた地図」では、世界で初めて地質図を作成したウィリアム・スミスの生涯と、黎明期の地質学がどのようであったかを多くの資料をもとに語っている。いずれも歴史的読み物としては読み応えのあるものであった。

 本書では、サンフランシスコ地震をテーマにしているものの、全体としての流れは、サンフランシスコの歴史になっているような印象を受ける。確かにアイスランドへの旅行話やサンアンドレアス断層に関する記述のように、プレートテクトニクスに関する記述はあるが、「クラカトアの大噴火」での扱いに比べると、丁寧に述べているわけではない。また、サンフランシスコ地震については、被害の状況や人々の様子、社会への影響を多くの資料を集めて紹介するにとどまっている。とりわけ、私たち日本人にとっては巨大地震とその被害がどのようなものか、それが社会や学問の進歩にどういう影響を与えたかについては、吉村昭著「関東大震災」などの小説や歴史地震を扱った解説書が多くあり、本書の記述にはあまり新鮮味が感じられないのは残念だ。

 とはいえ、18世紀のゴールドラッシュによるアメリカ西部の開拓、それによる都市の発達など、アメリカ西部の歴史物語として、サンフランシスコ大地震に焦点を当てた本書に魅力を感じる読者も多いのではなかろうか。著者はさまざまなエピソードを紹介しながら、当時の出来事を語っていく。それは気ままな各駅停車の列車でのんびりとした旅を続けるようなものである。この忙しい時代だからこそ、400ページを超える大著をゆっくり時間をかけて楽しむ読書家のための一冊といえそうだ。

[1]英語版タイトル:A crack in the edge of the world: America and the Great California Earthquake of 1906.