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エッセイ


カブトエビの不思議

 もうすぐ子供たちにとって待ちに待った夏休みがやってくる。最近は、夏休み期間中に科学の面白さを体験できるイベントが、全国各地で企画されるようになった。私が関係している新潟県柏崎で開かれるイベントでは、巨大なアノマロカリスのロボットが展示される予定だ。

 アノマロカリスは五億年前に地球史に登場した最初の動物の仲間である。口はカメラの絞りのように開閉し、ひげはまるでエビのような奇妙な生き物である。アノマロカリスは古生物学者でエッセイストのJ.グールドの著書「ワンダフル・ライフ」でも詳しい研究のエピソードが紹介された。また、NHKテレビ番組「生命」で大きくとりあげられ、人気が高まった。

 アノマロカリスは、カナダのバージェス頁岩で最初に発見された。その後もっと保存のよい化石が中国雲南省澄江(チェンジャン)でも発見された。私たちは五月の連休中に澄江を訪問し、カンブリア紀の奇妙な生き物たちの化石とその産地を視察してきた。その中で、私の興味を引いたのはカブトエビやカイエビのような生き物であった。

 帰国してからカブトエビが生きた化石として、近くの田んぼで生息していることや、その飼育セットが子供たちの教材として市販されていることを知った。そしてさっそくひとつ購入し飼育を開始したのである。カブトエビはオタマジャクシと見間違えそうな形をしているが、尻尾はエビのような体節がある。また、長いひげをはやしている。生まれたときは1ミリ以下であったが見る間に成長して、今では数回脱皮して3センチの大きさである。足は左右で八十本近くあり、餌を食べるときは仰向けになって、ラッコのようにたくさんの足で餌を抱えて食べる。その姿は大変可愛いので、わが家の子供たちもカブトエビがすっかり気に入ってしまっている。

 さて、カブトエビの寿命は二カ月に満たない。田んぼの土を入れて飼うと少しは長生きするというので、期待をこめて近くの田んぼの土を入れてみた。そうしたらその土からホウネンエビやカイエビが生まれてきて、水槽の中は一挙ににぎやかになっていたのである。そこで、田んぼへ行ってみると、今度はこれまで気にもとめていなかった豊かな田んぼの生態系が広がっていることに気がついた。澄江で観察したカンブリア紀の奇妙な生き物が身近な環境を見直すきっかけにつながった。

何か不思議な巡り合わせを感じつつ、今日もカブトエビのはいった水槽を眺めるのである。