生命化石

1. 始まり

地球の歴史を記録した堆積岩を調べていくと、カンブリア紀より古い時代の地層からは、ほとんど化石が見つからなくなる。カンブリア紀以降の化石のほとんどは、貝化石や動物骨格化石などの石灰質の硬骨格が化石として残りやすい。
地球の歴史をさらに遡った先カンブリア時代には生物はいなかったのか、それとも化石として残らなかっただけなのか。
カンブリア紀以降の化石の多くは、大型の動物化石や植物化石である。生物の系統分類学によると、生物界は大きくバクテリアなどの原核生物(モネラ)界、単細胞真核生物(プロチスタ)界、菌界、動物界、植物界に分けられる。カンブリア紀以降の地層から発見される多くの化石は、動物、植物化石なので、先カンブリア時代にも原核生物(バクテリア)や単細胞真核生物が繁栄していた可能性がある。これらの生物は微小なので地層注で化石として残りにくいので、たとえ地層中に含まれていても発見される可能性は極めて低いと考えられてきた。先カンブリア時代は地球が誕生した46億年前から5億4500万年前までなので、地球史の90%における生物進化は深い闇の中にあった。
1954年、アメリカの地質学者E.S. BarghoornとS.A. Tylerは、アメリカとカナダの国境にある五大湖の縁に露出する19億年前の地層・ガンフリント縞状鉄鉱床に含まれる黒色のチャートを調べた。その結果、バクテリアの形態とよく似たものを発見し、科学雑誌‹サイエンス›に発表した(Tyler and Barghoorn, 1954)。これは生物の初期進化の証拠として認識されるには、きちんと記載された論文として発表される必要があった。

2. Cloudの先見性と相次ぐ発見・検証

それから10年の歳月が流れ、BarghoornとTylerが論文を仕上げる前に、P. Cloudがガンフリント縞状鉄鉱床から産出される化石の地球史的重要性を認識し、同じく雑誌「サイエンス」に発表しようとした(Cloud, 1965)。この動きを知ったBarghoornは若い大学院生J.W. Schopfを仲間に取り込んで、1954年の化石の記載論文を完成させた(Barghoorn and Tyler, 1965)。こうした1960年代半ばになって、先カンブリア時代の黒色をしたチャートからバクテリア様の化石を見つける研究に火がつけられた(Barghoorn et al., 1965)。
やがて、オーストラリア、南アフリカ、グリーンランド、カナダなどでバクテリア様化石の発見論文が相次いで発表された。しかし、それらの中にはどう見ても生命化石とは考えられないようなものも含まれていた。Schopfは、こうした論文を一つひとつ詳細に検討し、それらが化石なのかにせものなのかを判定したレビュー論文を発表していった(e.g., Schopf, 1983)。
1980年代になると、西オーストラリアのピルバラで約35億年前のチャート層からバクテリア様の化石が発見された。また、この地域では、ドーム状をした縞状堆積岩も発見され、微生物マットがつくったストロマトライトであると解釈された。これらの発見は、35億年前に光合成をする原核微生物であるシアノバクテリアが当時すでに繁殖していたことを示唆するものと考えられた。

3. 最古の生命化石を巡る論争

1993年にSchopfはさらにピルバラで採集した岩石からシアノバクテリア様の化石を発見し、それらを詳細に記載した論文を発表した(Schopf, 1993)。それらが本当にシアノバクテリアの化石といってよいかは、あまり形態的特徴のない現生のシアノバクテリアの形と化石の形の比較によるもので、それらが化石であるかどうかの認定は主観がはいりやすいという欠点があった。
1990年代後半になると、シアノバクテリア様の"化石"をミクロスケールで研究する手法が確立された。まず、"化石"にレーザーを照射して含まれる炭素を取りだし、炭素同位体比を測定できるようになった(House et al., 2000; Ueno et al., 2001)。"化石"は岩石の変成作用を受けてグラファイトになっているが、一部は変質した有機物(ケロジェン)として残っている可能性がある。いずれにしても炭素同位体比の値から生物起源なのか、非生物起源なのか議論できるようになった。得られたデータは、生物がつくった有機物と重なる同位体比をもっていた。しかし、炭素同位体比は変成作用時に同位体交換反応が起こって変化していて、形成時の情報をとどめていないのではないかという批判がつきまとった。
さらに、こうした研究と研究手法への検証が、1996年に発表された火星起源いん石中の生命活動の痕跡にまつわる世界中の研究者によって注目された。その結果、1993年に発表されたSchopfの論文のように形態比較に基づく生命化石の認定に落とし穴があることが指摘された。
まず、形態の比較について異論があり、これまでシアノバクテリアと類似した形態といわれていたものも、よく見ると分岐構造が見えたりして、必ずしも形がぴったり一致しているというわけではないという批判がでた(Brasier et al., 2002)。さらに化石と似たような形態をした物質が熱水溶液中で合成できたとする研究発表もだされた(García‐Ruiz et al., 2003)。
Schopfらは、これまでに先カンブリア時代の岩石から報告されているバクテリア様化石について、ラマンスペクトルを測定して、生物起源であることを裏づけようとした(Schopf et al., 2002)。しかし、ラマンスペクトルは、炭素原子の結合状態を調べるもので、たとえ"化石"を形づくっているものがケロジェンでできていることが確かめられたとしても、それが生物起源の証拠にはならないという批判がでている。
このように見てみると、先カンブリア時代、とりわけ太古代の岩石からバクテリア様の化石を発見したとしても、化石ではないという反論をしりぞけるための分析手法、判定基準が明確ではなく、論争がさらに拡散していくことになっており、地球史的な意味は不透明になっていくように感じられる。
これまでの研究を振り返ると、先カンブリア時代のバクテリア様化石を巡る研究は、TylerとBarghoorn、Cloud、Schopfなど、多くの研究者によって発展されてきた。それらは確実な物証の探索、炭素同位体比分析、ラマンスペクトル測定などの新しい分析手法とともに議論が深まってきたことは事実である。今後も新しい手法や論理を
導入して、この問題をシャープに切り込む努力が必要である。
文献
Barghoorn, ES; Meinschein, WG; Schopf, JW. 1965. Paleobiology of a Precambrian shale. Science, 148, 461–472.
Barghoorn, ES; Tyler, SA. 1965. Microorganisms from the Gunflint chert. Science, 147, 563–577.
Brasier, MD; Green, OR; Jephcoat, AP; Kleppe, AK; Van Kranendonk, MJ; Lindsay, JF; Steele, A; Grassineau, NV. 2002. Questioning the evidence for Earth’s oldest fossils. Nature, 416, 76–81. [abstract]
Cloud, P. 1965. Significance of the Gunflint (Precambrian) microflora. Science, 148, 27–45.
García‐Ruiz, J.M; Hyde, ST; Carnerup, AM; Christy, AG; Van Kranendonk, MJ; Welham, NJ. 2003. Self‐assembled silica‐carbonate structures and detection of ancient microfossils. Science, 302, 1194–1197. [the whole (PDF)]
House, CH; Schopf, JW; McKeegan, KD; Coath, CD; Harrison, TM; Stetter, KO. 2000. Carbon isotopic composition of individual Precambrian microfossils. Geology, 28, 707–710. [abstract]
Schopf, JW, ed. 1983. Earth’s Earliest Biosphere: its Origin and Evolution. Princeton, Princeton University Press.
Schopf, JW. 1993. Microfossils of the early Archean Apex chert: new evidence of the antiquity of life. Science, 260, 640–646. [abstract]
Schopf, JW. (阿部勝巳 訳; 松井孝典 監修) 1998. 失われた化石記録―光合成の謎を解く シリーズ「生命の歴史」〈2〉. 東京, 講談社. [Amazon]
Schopf, JW; Kudryavtsev, AB; Agresti, DG; Wdowiak, TJ; Czaja, AD. 2002. Laser‐Raman imagery of Earth's earliest fossils. Nature, 416, 73–76. [abstract]
Tyler, SA; Barghoorn, ES. 1954. Occurrence of structurally preserved planets in pre‐Cambrian rocks of the Canadian shield. Science, 119, 606–608.