月面隕石重爆撃事件

39億年前に起こった月面での隕石重爆撃事件:月起源隕石からの証拠

月面の天体衝突頻度。(縦軸は概数)ズーム
月面の天体衝突頻度。(縦軸は概数)
Kring [n.d.] より改変
1610年、ガリレオGalileo Galilei, 1564–1642, イタリアの物理学者〕は、世界最初の天体望遠鏡を自作した。彼はその望遠鏡で月面を観測し、無数の円形のくぼ地—クレーターを発見した。クレーターの起源について、火山の火口またはカルデラであるとする説(火山説)と、小天体の衝突によってできたとする説(隕石孔説)をめぐって長年にわたる論争があった。しかし、1960年代のアポロ計画にともなう調査によって、月面のクレーターは天体の衝突によるものだと実証された。
太陽系における天体衝突はランダムと考えられる。衝突がランダムだとすれば、衝突頻度がわかれば、一定期間に何回衝突があったかがわかる。実際には、衝突する天体は巨大な小惑星規模のものから細かい塵まであり、大きい天体ほど数が少ないので、衝突頻度も規模が大きいものほど稀になる。惑星地質学では、ある一定の面積をとり、その中にあるクレーターを大きい順に並べて順位をつけ、順位と大きさとの関係を両対数グラフに表す。順位は、大きいほうから数えた積算数でもある。比較的最近になって溶岩流で覆われた地域ではクレーターの数密度は小さいが、月面の高地のよう古い地表では数密度は大きい。このようにして、惑星表面のクレーター密度から表面の形成年代がわかる。これが、クレーターの年代学である。
いっぽう、月面には、〝ベイスン〟と呼ばれる巨大な平原が多数ある。これは、巨大天体衝突でできたクレーターに、月内部から溶岩が流れ出してできた溶岩平原である。溶岩は玄武岩質で黒っぽい色をしていて、高地を構成する斜長岩質の地殻と明瞭に区別できる。晴れの海、危機の海、静かの海などは代表的なベイスンである。ベイスンはほとんどが月の表にあり、裏にはほとんどない。
1960年代から70年代にかけてのアポロ計画で持ち帰られた月岩石の年代測定が行われた結果、激しい天体衝突が39億年前ごろにあったことが明らかにされた。これは〝月面の隕石重爆撃〟事件と呼ばれている。英語ではlate heavy bombardment(後期重爆撃), lunar cataclysm(月面激変)と言う。
はたして月面における隕石重爆撃事件はほんとうにあったのか。この疑問に答えるため、アリゾナ大学のB.A. Cohenらは月起源隕石(月での天体衝突の衝撃によって月の重力圏から脱出し、その後、地球に落下した隕石)の年代を測定することにした。彼らは、月起源隕石MAC88105, QUE93069, DaG 262, DaG 400からインパクト・メルト(衝突溶融岩片; impact melt)を採取し、それぞれの40Ar‐39Ar年代を測定した。その結果は27.6億–39.2億年前で、40億年より古い試料はなかった。このことは、“39億年前の隕石重爆撃事件の後にも大規模天体衝突事件が繰り返し起こった”ということを物語っている。また、“39億年前以前には衝突頻度は低かった”とするこれまでの考えと矛盾しない。
39億年前になぜ天体衝突頻度が高まったかは、よくわかっていない。最近の惑星形成論では、天王星や海王星の形成は地球型惑星や木星、土星の形成より数億年遅れたのではないかと考えられるようになっている。Lunar cataclysmは、天王星、海王星の誕生によって外部太陽系小天体の軌道が乱されて、太陽系内部にやってきたためなのかもしれない。 いっぽう、月面で隕石重爆撃事件があったとすると、地球にもこの時期におびただしい数の巨大衝突事件があったはずである。生命の誕生は約40億年前と考えられるが、隕石重爆撃事件当時にすでに生命が誕生していたとすれば、これらの衝突は、誕生してまもない地球生命にとって最大の危機だったにちがいない。
文献
Cohen, BA; Swindle, DT; Kring, DA. 2000. Support for the Lunar cataclysm hypothesis from Lunar meteorite impact melt ages. Science, 290, 1754.
Kring, DA. “The Lunar Cataclysm Hypothesis”. The Space Imagery Center Lunar and Planetary Laboratory. (online), available from <http://www.lpl.arizona.edu/SIC/impact_cratering/lunar_cataclysm/>.