空白
酸素という新しい世界
 
「マータ。イオウシバのそばに、緑色の生物がいたのに気づかなかったかい?」
とつぜんコスモス教授は、マータに聞いてきました。
「あっ、そういえば……」
「イオウシバの近くには、たいていいるんだが、あの緑色をしたものも、イオウシバと同じバクテリアで、シアノバクテリアというものだ。じつはこれが、原始地球の革命児だったんだ」
「革命児?」
「そうだ。イオウシバは熱水をエネルギーとして生きているが、このシアノバクテリアは、太陽の光をエネルギーにして生きている生物なんだ。そのことは革命的なことだった」
あのときマータの見たイオウシバのとなりに、原始地球の革命児がいたなんて……。マータはあっけにとられました。そうと知っていれば、もっとよく観察したのに。
「当時の海の中は、硫化水素の世界だったから、酸素は猛毒なわけね。しかし、太陽はさんさんとふりそいでいるので、このバクテリアは勢いよく繁殖を始めていったんだ。そして、海の中へ酸素をはき出すようになると、原始地球の海は酸素で汚染されていったのだ」
「えっ? 酸素で汚染される?」
「そうだ。それまで海の中は、硫化水素と二酸化炭素の世界だった。ところが、酸素がはき出されると、海の中にあった鉄分は、はき出される酸素で酸化して、やがて沈殿した。その沈殿した証拠が、この縞状鉄鉱層*として地層になっている」
教授は、目の前の縞状鉄鉱層をなでながらいいました。
「この地層にたまった鉄が、いま、わたしたちの鉄社会をささえているんだ。これも革命的だったシアノバクテリアのおかげなんだ」
「シアノバクテリアが、わたしたちの社会をささえているということですか?」
「そういうこと。まさに、シアノさまさまだよ。ところがマータ、シアノバクテリアの出す酸素は、それだけじゃない。生命にも大きな影響をあたえたんだ」
「酸素が生命にも、ですか?」
「そう。それ以来、酸素を利用して、高エネルギーを獲得していく生物が出てくるんだ。
海の中にはき出された酸素は、それまで酸素のなかった大気中にあふれ出していった。すると、当然のことだが、生物にも酸素を使って呼吸するものが生まれてきたんだ。これが、革命児のなぞ、革命的な出来事というわけさ」
コスモス教授はそういいながら、酸素の出現がいかに大事件だったかを、なんとかマータにつたえようとしていました。それは、小さな小さな生物・生命の基本である細胞の話でした。
その細胞が形づくられていく中で、このシアノバクテリアやほかのバクテリアが、どのように細胞(原核細胞)に寄生し、寄生された細胞は、その後、バクテリアとどのように共生を始めて、真核細胞になっていったのかという、マータには
ちょっとむずかしすぎるかもしれない話をしようとしていたのでした。

Copyright © 2002 Rironsha(理論社)
イラスト=シアノバクテリアが固めてできたストロマトライト
くさり状に連なったシアノバクテリア
シアノバクテリアが出す酸素によって酸化され沈殿して地層になった縞状鉄鉱層(神奈川県立生命の星地球博物館)