岐阜大学教育学部理科教育講座(地学)
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中心核からマントルへの鉄の混合
-ハワイ玄武岩のFe/Mn比から得られた新しい証拠-
2004年11月17日

 ハワイの玄武岩のFe/Mn比は中央海嶺の玄武岩に比べ高い値をとっている。化学分析実験室に蓄積された膨大な分析データから、地球深部で起こっている物質混合過程の手がかりが導かれた。ハワイは代表的なホットスポットであり、そこへ供給されるマグマは核-マントルからやってくる上昇流の中で発生していると考えられている。Humayun et al. (2004)は、ハワイ玄武岩の化学組成にみられる相対的に高いFe/Mn比は、中心核物質が下部マントル物質に混ざった結果であると論じている[1]。こうした物質のやりとりがマントルの化学的不均質性を生み出す原因の一つかも知れない。

 地球の中心部には半径3500kmの核がある。核は液体の外核と固体の内核からなる。内核は鉄ニッケル合金でできているのに対し、外核には10%程度軽い元素が溶け込んでいる。中心核が金属鉄を主成分とするのに対し、マントルは酸化鉄を含む珪酸塩鉱物でできている。すなわち、核-マントル境界は、Feという還元的な状態の金属鉄とFeOのような酸化的な鉄の境界面である。これはマントルと中心核が化学的に非平衡の状態になることを意味する。オーストラリアの高圧物理学者の故A.E.リングウッドは、この謎を合理的に説明するため、液体外核に含まれている軽元素が酸素であると今から20年以上も前に提案した。その外核の核の軽元素が酸素なのか硫黄なのか、それとも水素やカリウムなのか、それを特定しようという研究は数多くなされてきたが、この問題は今日でも地球科学の第一級の問題である。

 このように下部マントルと中心核の化学組成については、まだ解明されていない問題であり、下部マントルと中心核の間で物質のやりとりがあるかどうかについても手探りの状態であった。これまでに、ハワイの玄武岩のオスミウムの同位体比の分析データを説明するために、中心核からハワイのマグマの供給源に物質の混入があったとされるデータが提示されている[2]。しかし、その解釈をめぐっては反論も存在し、オスミウム同位体比はマグマ源に沈み込んだ海洋地殻や堆積物が混ざっていると考えてもデータを合理的に説明できるという見解があった。

 Humayun et al. (2004)は、ハワイと中央海嶺で採集された玄武岩を多数確保し、ICP-MSという分析装置で分析した[1]。その結果、ハワイの岩石試料の平均値はFe/Mn= 68に対し、中央海嶺玄武岩のFe/Mn = 60であり、系統的に鉄に富んでいることが示された。

 玄武岩の化学組成においてFe/Mn値が変化する要因にはいくつかある。たとえばマグマが生成するときにかんらん石が溶け残ったり、マグマの分化の初期にかんらん石が結晶化するとFe/Mnは増加する。また、異なる組成をもつマグマが混合してもそうした変化が起こりうる。彼らは、得られた分析データとオスミウムの同位体比を合わせて詳細に検討するなかで、こうした可能性を排除した。もっとも可能性が高いのが、中心核から鉄に富んだ成分が下部マントルに取り込まれ、核-マントル境界から上昇するプルームが地表近くに達すると融解し、ハワイホットスポットにマグマを供給しているという解釈である。

 玄武岩のFe/Mn比についてはこれまで膨大な分析データがある。これまでにハワイの玄武岩と中央海嶺玄武岩でFe/Mn比が異なることがどうしていままでみつからなかったのか。これがこの論文に接して最初にいだく疑問である。鉄やマンガンの分析は、ハイテクを駆使した分析を必要とするほど困難なものではないからだ。彼らは、一つの実験室で系統的に多数の岩石試料を分析することで、分析装置ごとの系統的誤差を取り除くことができた結果見えてきた事実であると考えている。

 しかし、玄武岩のFe/Mn比についてはそもそも15%ぐらいのデータのばらつきがあり、そうしたばらつきが何を意味するのかについても明快な説明が必要である。また、クロムやバナジウムなど、中心核とマントル物質の混合で影響を受ける元素の分析でも裏づけを行う必要があるだろう。

 はたしてハワイの下の下部マントルは周囲より鉄分に富んでいるのか。ほかにこの結果と符合する研究はないか。そう思って最近発表されたTrampert et al. [3]の解析結果を見直してみた。彼らの得た結果をみると、確かにハワイホットスポットに対応する下部マントルの底に鉄が多いことが示されていて、地震学と鉱物物理学を用いた地球内部の構造の研究結果と、ハワイ玄武岩の地球化学的研究結果は符合していた。

[1] Humayun, M. et al. (2004) Science, 306, 91-94.
[2] Brandon, A. D. et al. (1998) Science, 280, 1570-1573.
[3] Trampert et al. (2004) Science, 306, 853-856.


関連サイト=ハワイ・キラウェア火山
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