岐阜大学教育学部理科教育講座(地学)
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「自然環境学概論」受講生からのメッセージ
-高知大学教育学部集中講義-
2005年2月13日

 私はワンダーフォーゲル部(主に登山をする)に所属している。そのため、気象や山に関心がある。山の上では気象図を取ったり、地図を読図したりする。私はまだ登山や気象に関して素人だ。しかし、今まであまり関心のなかった植物や気象のことに目を向けるようになった。そして、山の名前やその山のある地名も自然と覚えていた。

 この二年で多くの山に登った。四国の山がほとんどだ。少し紹介する。徳島県と高知県の県境にある三嶺、百名山の剣山、西日本最高峰の石鎚山、別子銅山の近くにある東・西赤石山などがある。他には、北アルプス、大山(岡山)、宮之浦岳(屋久島)などへ行った。どれもとてもすばらしく私にとって新鮮であった。

 私は石鎚山の頂上小屋で夏にバイトをしていた。そこでは、ブロッケン現象や雲海などとてもすばらしいものが見えた。いつ見ても飽きることのない景色があった。そこには、いろんな姿を見せてくれた石鎚山があった。

 三嶺は、遠くから見ると三つの嶺になっていることが名の由来らしい。私たちはこの山をサンレイと読んでいる。しかし、ミウネと呼ばれることの方が多い。

 私は、このように登山を通して自然の偉大さ、すばらしさ、愛おしさ、恐ろしさの一部を知った。でも、この自然がいつからあり、どんなものであり、この自然がいつまであるのか考えもしなかった。

 山に行き自然のすばらしさを知る。そして、自然を守りたいと思う。しかし、いつのまにか自然の存在を当たり前だと思っていた。

☆☆☆

 この講義の初めに「我々はどこから来たか?何物か?どこへ行くのか?」と言う問いがあった。私はこの問いが何を意図しているのか分からなかった。そんなこと考えたこともなかった。

 この講義で環境問題のことをやった。その時に、この問いの答えがわかった。環境を大事にするということは自分を大事にするということ、環境を守るということは自分を守るということ、自分を見つめるということは環境を見つめるということだとわかった時、この問いの答えがわかった。

 我々はどこから来たのかと考えた時、私という生き物がどうやって誕生したのかを知る必要がある。そして、それは地球の歴史を知ることに繋がる。私が何者か知るということは、私を誕生させた地球が何者かを知る必要がある。私がどこへ行くのかと考えた時、私たちが住んでいる地球の環境がどうなるのかを考える必要がある。そのために、地球の歴史を知り、今後の地球環境を予測することが必要である。

☆☆☆

 私は、この講義の内容で、川上先生の言いたいことはわかったつもりです。その事を次に述べます。

 周囲の環境や出来事に対して疑問や好奇心を持つことが大切であること、情報をかぎ分けるセンスがいること、一つのことにこだわらず色んなことに興味を持つこと、人によって見方が違うこと、多面的な見方をする思考のトレーニングが必要なこと、先見の目を養うこと、学問には広がりがあること、学問はどこかで繋がっていること、先入観を持たないこと、身近なところにヒントは隠されていること、一人の研究者の説を検証するため多くの研究者に研究課題を与えたことを学んだ。

 学問とは、常に“なぜ”という疑問を持つことから始まる。つまり、好奇心を持つことから始まる。私は、普段なんとなく生活している。周囲にある物事を見ているのではなく目に入っているに過ぎない。好奇心なんてない。“なぜ”と考えたとしても深く考えない。思考停止する。それではもったいない。

 研究者は周囲にある“なぜ”に答えるために研究している。「なぜ地球はまわっているの?」「なんで生き物は生きているの?」「なぜ生き物は死ぬの?」「なんで色があるの?」「原子って何?」「昔の地球って今と違うの?」「なぜ勉強するの?」などの疑問を持っている。その“なぜ”を納得がいくまで調べている。

 周囲にはいろんな“なぜ”が隠されている。その“なぜ”について自分で考える。そして、自分なりの考えを出す。また、それに対して調べる。“なぜ”を一つずつ消していく。すると、知ることが楽しくなる。知ることのすばらしさを知る。もっと“なぜ”と周囲を見渡す。やがて、色んな知識が身についている。

☆☆☆

 私は高知大学へ来て、大学生活も2年が過ぎました。この2年で学んだことを少し述べます。

 大学の講義は、その学問領域の面白い部分や大事な部分のエッセンスに過ぎない。そして、講義を受けた後、自分で興味を持った分野について自分で調べたり、学んだりすることが大切になる。さらに、好きな分野の講義や楽に単位が取れる講義ばかり取るのではなく自分が挑戦したことのない分野の講義を取ることも大切になる。未知の分野を学ぶことにより新しい発見があるかもしれないからだ。

 講義は、知識を入れるだけのものではない。教官の話し方、説明の仕方、授業の進め方、声の大きさ、視線、板書などにも注目する必要がある。良い所は盗み真似る。悪い所はどこが悪いのかを考える。そうすることにより知識だけではなく色んな物が身に付く。

 日常の生活も大切である。あいさつ、人の話を聴く態度、話し方、自己管理などを少しずつ身につけていかないといけない。当たり前のことを当たり前にすることが大切であり難しい。

 大学生活は社会にでるための準備期間だ。そのために今、勉強をしている。もちろん社会に出るためだけにやっているのではない。しかし、社会に出なければ生きていけない。だから、社会に出るためという前提で大学生活を送る必要がある。

 大学での講義、生活や遊びが私を成長させてくれると思うとわくわくする。一つ一つに刺激があり発見があるように思う。

以上が、2年間の大学生活で学んだことです。

☆☆☆ 

 川上先生の話は面白くロマンがあった。天文分野は中学校以来まったくやっていなかったため新鮮でした。岐阜大学地学科のホームページは、写真やグラフ、動画などがあり、イメージしにくいことがイメージしやすくなっている。小学生から大人まで関係なく使えるところがすごい。見ていて飽きない。

 次回、川上先生が来られるとしたら3年後ということでもうお話は聴けないかもしれませんが、もう一度聴きたいと思っています。一度は川上先生のお話を聴いておく必要があると思う。

(田村寿樹・高知大学・教育学部・生涯教育課程・生活環境コース・環境情報系)


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