最古の多細胞動物

最古の多細胞動物化石を巡る論争
ウラン–鉛年代測定データの波紋

化石の記録を調べると,5億4300万年前に,とつぜん多くの多細胞動物が出現している。しかも,カンブリア紀初頭には,現在知られている多様な動物門が一斉に出現した。このことは,生物進化の大事件とみなされており, ‘カンブリアの大爆発’ と呼ばれる。カンブリア紀の地層からは多くの化石が産出されるのに,その直前の先カンブリア時代末期の地層からはほとんど出ない。そのことに, 『種の起源』 を書いたダーウインもひどく頭を悩ませた。ダーウインは, “多細胞動物がカンブリア紀より前の時代に出現していたが,化石記録が不完全であるため,先カンブリア時代の地層からは見つからない” と考えた。

多細胞動物の起源はいつか ?

ダーウインの時代から150年近くが経過した今,先カンブリア時代の生物化石には新たな発見が相次いでいる。
カンブリア紀の直前の5億6000万–5億4300万年前の地層からは,エディアカラ生物群と呼ばれる大型の化石が世界各地で発見されている。多くは平らで,中には全長1 mに達するものもある。エディアカラ生物には, “クラゲやイソギンチャクの仲間,あるいは節足動物の仲間が含まれる” という説と, “現在,地球上に生息するどの動物門にも属さない絶滅動物種である” という説,あるいは “コケのような生物である” とする説などがある。
こうした多細胞動物の化石研究に,1990年代の終わりから新たな展開が続いている。1998年には,中国南部の5億7000万年前の地層から,明らかな海綿動物 (カイメン) の化石や,卵割期の動物の胚化石が発見され,多細胞動物は少なくとも先カンブリア時代末期まで遡るのは確実となった (Xiao et al., 1998)。
一方,分子生物学の進歩によって,動物の遺伝子を調べて多細胞動物の出現時期が推定できるようになった。動物に固有の遺伝子の塩基配列を調べ,突然変異の発生率を測定し,それで変異が蓄積している遺伝子配列の変化量を割ると経過した時間が測定できる。そうした研究によると,多細胞動物を作る遺伝子は6億年前から11億年前にはできあがっていた (Wray et al., 1996)。
1998年,インド中央部の11億年前の地層で,動物の這い痕化石が発見され,新たな論争を引き起こした。この化石を記載したザイラッヒャー[解説]らによると,砂岩の表面に残された幅5 mm程度の不規則な溝はミミズのような動物の這い痕で (Seilacher, 1998)。しかも,この砂岩は有機物に富んだ薄い地層で覆われていることから,この動物は微生物皮膜 (バイオマット) の底部を這い回っていた。この砂岩の形成年代は11億年前で,これは動物化石の最古の記録を5億年も更新し,分子生物学的推定の最古の年代値とも一致する。
だが,こうした発見とその解釈にはいつも異論が提起される。彼らの論文では,動物の這った痕とされる岩石の表面模様が本当に生物起源なのか,砂岩の年代値は信用できるかの2つ論争が起こった。
これが実際に動物の生痕化石だとすれば,周辺からもっと化石が見つかるだろう。問題の地層を詳しく調べたインドの地質学者によって,スモール・シェリー・フォシルズ[英語]と呼ばれるカンブリア紀の動物の表面に付着していた硬骨格の破片が発見された。また,周辺の地層からはエディアカラ生物群に属する化石も発見された。
しかし,これらが本当に化石なのか,地層の対比は正しいのかという問題は解決されず,また,アルゴン‐アルゴン年代測定法によって,問題の砂岩層は6億2000万年前のものだという地球化学者も現れたため,ひどく議論が混乱してしまった。
バイオマット
岩石や地面を覆う微生物の膜でぬるぬるした肌ざわりがある。現在の地球では,温泉水の流れる河床などによく見られる。

16億年前では古すぎる

こうした状況で,ウラン‐鉛年代測定法による信頼性の高い年代測定データが発表された。オーストラリアのラスムッセンらは,化石が発見された砂岩を含むヴィンジャン超層群(Vindhyan Supergroup)の火山岩からジルコン粒子を取り出し,二次イオン質量分析計 (SHRIMP) で年代測定した。その結果は,約16億年前だった (Rasmussen, 2002)。一方,カナダのレイらのグループも同様に研究し,やはり16億年前という年代を得た (Ray et al., 2002)。この結果,這い痕化石 (のような構造) が実際に化石だという可能性は低くなった。
火星隕石ALH84001から1996年に見つかった微生物化石様構造についても,大きな論争があった。この岩石からは,化石様の形態だけでなく,生物起源を示唆する炭酸塩鉱物などの鉱物組み合わせや,PAH (多環芳香族炭化水素) と呼ばれる有機物も生物活動を示唆する状況証拠として見つかる。
それに対し,この動物の “這い痕化石” は,形態だけしか検討材料がない。しかし,古生物学的研究で多細胞動物の出現時期を求めるには,新たな化石を発見するしかない。今回の論争で,多細胞動物起源論をにらんだ地質学者のまなざしはさらなる過去へと向けられるようになった。

© 2005 Gifu University, Shin‐Ichi Kawakami, Bunji Tojo, Nao Egawa.