★生命はなにでできているか?
だれかが部屋のすみで、フラスコをかざしながら、なにやらむずかしい顔をして実験しています。きっとこの人が、パスツールなのでしょう。
教授は、そのフラスコを指さしながら、
「パスツールのもっている、あのS字状のフラスコの首は、〈白鳥の首〉とよばれているんだが、1862年、パスツールはこのような方法(上図)で実験し、それまでの自然発生説を見事に否定した。ということは、生物でないものからは、生命は生まれてこないということを証明したということなんだ」
マータには、この実験の意味はよく理解できませんでしたが、科学者たちはこうして実験をつづけ、それまで絶対と信じられた考え方を、1つひとつ変えていったのでしょう。
「生命って、いったいなにからできてるの? こんな質問、おかしい?」
マータは、思いきって聞いてみました。
「いや、おかしくはないさ。じつは、たくさんの科学者が、そのテーマに挑戦しているんだよ。
マータだって、生命がいきなり人間から始まったなんて、いまは考えてないだろう? 生命の基本は、アミノ酸*やたんぱく質*という分子の集まりなんだ。これらには〈炭素〉という元素*がふくまれていて、〈有機物〉とよばれている。そのほとんどが、生物によってつくられるんだよ。
ところが、最初から地球に生命がいたわけではないから、なにかのきっかけで有機物ができて、その有機物から原始的生命が生まれてきたのではないか、そう考えて、それを実験で証明した人たちがいた。それがユーリーという科学者と、その学生ミラーだった。その実験はとても画期的だったんだ」
コスモス教授は、大きなガラス容器の組合わさった実験装置を前にして説明します。
「このユーリーとミラーは、ようするに、この装置で、地球ができたときの海や大気をつくり、その中で生命のもとになる物質を生成した。それは、原始地球で生命が生み出されたことを実証する、最初の研究となったんだね」
有機物とは?
いかめしい名前のようだが、われわれ生物にとっては欠かせない物質だ。三大要素として知られている炭水化物・脂肪・たんぱく質は、むし焼きにすると灰になり、燃やすとすすが出てくる。これはすべてが炭素を成分としているためだ。この炭素をふくんでいる化合物を、これまでは有機物とよんできた。それまで炭素は生命活動によって生産されるもので、人工的にはできないものと考えられてきた。ところが、1828年、ウェーラーが尿素から炭素をつくりだし、この考えはなくなった。
- 図1 パスツールの実験
-
パスツール(1822~95)フランスの科学者・細菌学者。多くの細菌を発見して、伝染病の予防にも画期的な成果をあげた。
パスツールが、この実験をしようと思った100年前までは、地球には〈生命力〉というものがあって、それにふれると、生物ではないものから微生物が発生すると考えられていた。そこでパスツールは、肉のスープを容器に入れて熱し、空気が通れるような実験装置をつくって実験したが、そこに微生物は発生しなかった。そのために当時の自然発生説は否定された。
1 フラスコの首を熱して長くのばし、S字に曲げてそのフラスコの中に肉のスープを入れた。空気は通れるようにした。
2 中の液を数分間熱してから放置しても、微生物は発生しなかった。
- 図2 ユーリーとミラーの実験
-
ユーリー アメリカの科学者で、シカゴ大学、コロンビア大学、カリフォルニア大学教授を歴任。1932年、光の屈折(スペクトル)を発見。その後、宇宙科学、地球科学の研究をつづけ、宇宙の中の惑星のでき方や、地球は宇宙塵がかたまって生じたなどという理論を証明した。1934年、ノーベル化学賞を受賞。
(群馬県立自然史博物館)