長期的な気候変動予測の急所

ここまで、過去の気候変動とその原因を検討してきた。気候モデルのうち、エアロゾル‐雲フィードバック、雲‐アルベド・フィードバックなどはまだ研究が進んでいない。これらの素過程を解明して気候への影響を詳しく研究する必要がある。
一方、今後100~1000年スケールで気候変動を予測するには、気候変動の要因を精度よく長期予測する必要がある。誤差が大きい要因は、人間活動による温室効果ガスの排出予測と、温暖化による海洋深層水循環や炭素循環の変化である。

人間活動の長期的予測

過去100年、科学技術はめざましく進歩した。今後100年の間に、一次エネルギーの転換が大きく進んだり、人々の意識や生活様式が大きく変わる可能性はあるので、温室効果ガスの排出は、予測を大きく下回るかもしれない。こういう楽観的な見方がある。
逆に悲観的な見方では、今後100年以上にわたって、これまで同様に排出量が増加しつづける。
上述のように、最も現実的な予測であろうIS92aモデルでは、2100年に大気中のCO2(二酸化炭素)濃度は現在の約2倍になる。このモデルでは、その後も上昇は続き、将来は4倍になる。そのばあいには、地球温暖化の影響はかなり大きくなる。
CO2濃度をできるだけ早く低いレベルで安定させるには、速やかに排出を抑制しなければならない。最低でも、世界各国がCO2の排出を1990年のレベルにまで下げる必要がある。

海洋深層水循環の変動予測

ブレッカー(Broecker; 1987)によると、地球温暖化で水循環が活発になると、北大西洋深層水の流れが止まる可能性がある。
その後の研究でも、温室効果が進むと、海洋深層水循環で運ばれる海水が減少する(Rahmstorf, 1999)。
北大西洋表層水の深層への沈み込みは、ノルウェー海とグリーンランド海(ノルウェーとヨーロッパの間)が主である。ラブラドル海(グリーンランドとカナダの間)でも起こるが、従来は軽視されてきた。しかし、ラブラドル海での沈み込みは、温暖化の影響を早く受けやすく、21世紀前半のうちに沈み込みが止まり、カナダ北東部などの気候が大きく変化するかもしれない(Wood et al., 1999)。
また、シミュレーションによれば、温暖化によって海洋深層水循環は弱くなり、22世紀の半ばには完全に停滞する可能性もあり、そのころには広範囲で気候が大きく変化することが予想される。
最終氷期(12万~1万年前)には、北大西洋深層水の変動が気候を不安定にし、数千年スケールで寒冷化と急激な温暖化(ダンスゴー‐エシュガー・イベント)繰り返し起こる。同様の変動が近い将来発生する可能性はあるだろうか。ボンドら(Bond et al.; 1997)によると、1500年周期のダンスゴー‐エシュガー・サイクル(D‐Oサイクル)が、弱いながらも完新世(1万年前–現代)にもあり、最新の寒冷期が小氷期(16–17世紀)である。D‐Oサイクルによる寒冷期が、小氷期で最後なのか、将来も定期的に寒冷期が到来するかは不明である。1500年周期の変動を生み出すしくみも明らかではない。
あるモデル(Ganopolski and Rahmstorf; 2001)では、氷期には1500年周期の変動に北大西洋深層水循環が応答して、D‐Oサイクルが起こる。それに対し、温暖な気候状態では、海洋深層水循環が停滞し、氷期のようなD‐Oサイクルは起こらない。
海洋深層水循環が止まってもヨーロッパなど一部の地域を除いて影響は小さいかもしれない。しかし、以下のように、CO2濃度の増加傾向に拍車をかける可能性がある(Stauffer et al., 1998)。

炭素循環: バイオポンプの重要性

氷床コアによると、温暖な完新世(1万年前wdash;現代)の間にも大気中のCO2濃度は約20 ppmv(体積100万分率)変動した。その原因は、海水面温度の変化と、陸上のバイオマスの変化である(Indermuhle et al., 1999)。
氷期‐間氷期サイクルに対応しては、100 ppmvもの変動がある。氷期にCO2を減らすプロセスがあるようだ。しかし、CO2の行方を考えると、海水面温度の低下による海水への溶け込みが-30 ppmv、海水の塩分濃度の変化による変化が+6.5 ppmv、陸上のバイオマスの縮小による変化が+15 ppmvで、合計するとわずか-8.5 ppmvである(Sigman and Boyle, 2000)。
では、氷期に何がCO2を減らしているか。考えられるのは、炭酸塩鉱物の形成と、バイオポンプ(海洋表面で光合成微生物が作った有機物を海洋底へ運ぶ機構)の二つである。しかしこのうち、炭酸塩鉱物の形成によるCO2の固定は、海水の化学組成を変えるはずだが、CCD(海水の炭酸塩濃度の指標)は大きく変化していないので、炭酸塩鉱物の形成は重要ではない。
一方、バイオポンプは、南氷洋で重要な役割を果たしている可能性が高い。そのメカニズムには2つの説がある。
一つの説(Sigman and Boyle, 2000)では、氷期に栄養塩類が増加して、微生物の光合成が活発になり、CO2が大量に固定される。出来た有機物は、バイオポンプによって海洋底へ堆積する。同時に、表層海水が安定成層して深層水が沸き出なくなり、海洋(とくに深層水)から大気へのCO2供給が減る。これらにより、CO2濃度が低下した。
もう一つの説(Elderfield and Michaby, 2000)では、氷期に南氷洋が大きく氷床に覆われ、大気‐海洋間の相互作用が低下した。
どちらが正しいかはまだわからない。しかし、ハインリッヒ・イベントで海洋深層水循環が停止したときに大気中のCO2濃度が増加している(Stauffer et al., 1998)ので、海洋循環が炭素循環に大きな影響を与えていることは疑いない。
地球温暖化が引きおこす海洋循環や炭素循環の変化を調べたモデル研究によると、温暖化が海洋深層水循環を止めると、大気中のCO2濃度が加速的に増加する(Sarmiento and Quere, 1996)。また同時に、バイオポンプによるCO2吸収能力が低下するので、いっそうの温暖化へと向かう可能性が指摘されている(Sarmiento et al., 1998)。
文献
Bond, G; Showers, W; Chezebiet, M; Lotti, R; Almasi, P; deMenocal, P; Priore, P; Cullen, H; Hajdas, I; Bonani, G. 1997. A pervasive millennial scale cycle in North-Atlantic Holocene and glacial climates. Science. 278, 1257–1266.
Broecker, WS. 1987. Unpleasant surprises in the greenhouse. Nature. 328, 123–126.
Ganopolski A; Rahmstorf, S. 2001. Rapid changes of glacial climate simulated in a coupled climate model. Nature. 409, 153–158. [abstract] [abstract (日本語)]
Indermuhle, A; Stocker, TF; Joos, F; Fischer, H; Smith, HJ; Wahlen, M; Deck, B; Mastroianni, D; Tschumi, J; Blunier, T; Meyer, R; Stauffer, B. 1999. Holocene carbon‐cycle dynamics based on CO2 trapped in ice at Taylor Dome, Antarctica. Nature. 398, 121–126. [abstract (日本語)]
Rahmstorf, S. 1999. Shifting seas in the greenhouse? Nature. 399, 523–524. [the whole (PDF)]
Sarmiento, JL; Hughes, TMC; Stouffer, RJ; Manabe, S. 1998. Simulated response of the ocean carbon cycle to anthropogenic climate warming. Nature. 393, 245–249. [abstract (日本語)] [the whole (PDF)]
Sigman, DM; Boyle, E. 2000. Glacial/interglacial variations in atmospheric carbon dioxide. Nature, 407, 859–869. [abstract (日本語)] [the whole]
Stauffer, B; Blunier, T; Dällenbach, A; Indermühle, A; Schwander, J; Stocker, TF; Tschumi, J; Chappellaz, J; Raynaud, D; Hammer, CU; Clausen, HB. 1998. Atmospheric CO2 concentration and millennial‐scale climate change during the last glacial period. Nature. 392, 59–61. [the whole]
Wood, RA; Keen, AB; Mitchell, JF; Gregory, JM. 1999. Changing spatial structure of the thermohaline circulation in response to atmospheric CO2 forcing in a climate model. Nature. 399, 572–575. [the whole]