硫黄同位体比の意味

現在の海水中には硫酸イオンが存在している。海底堆積物中では酸素の乏しい環境で硫酸還元バクテリアが硫酸イオンで有機物を酸化して硫化水素を発生させている。このとき、硫黄同位体は分別を受け、同位体比(34Sと32Sの比率)が変化する。硫酸イオンが無尽蔵に存在するときは、硫酸還元バクテリアによって形成される硫化水素の同位体比は小さい値をとるが、硫酸イオンが限られている場合には、徐々に大きな同位体比をもつ硫化水素が作られる(Ohmoto, 1992)。そこで、硫酸還元バクテリアによって発生した硫化水素から形成された硫化鉄鉱物の同位体比を測定すると、当時海水に硫酸イオンが多く含まれていたかを推定することができる。
これまで多くの地球化学者が硫化鉄鉱物の硫黄同位体比を測定してきた。それらによると約23億年前まで硫黄同位体比のデータのばらつきは小さく、マントル起源の硫黄に近い同位体比をとることが明らかにされてきた(たとえばCameron, 1982; Hattori et al., 1983)。
Ohmoto et al. (1993)は、南アフリカの33億年前頃の堆積岩中の硫化鉄鉱物の硫黄同位体比を測定し、同位体比と測定データの頻度分布の関係を調べた。彼らは、同位体比のばらつきが硫酸イオンが豊富に存在する環境下での硫酸還元バクテリアによる硫酸還元作用で期待される頻度分布であるとし、当時、海水はすでに現在の1⁄3倍の硫酸イオン濃度で、大気中には高い濃度で酸素が存在したと結論づけた。
カリフォルニア大学のJ. Farquharらは、太古代の硫化物や硫酸塩岩を試料に用い、δ34Sだけでなく、δ33S、δ36Sも測定している。これらのデータは、硫黄循環様式が約20億年前ごろに大きく変化したことを示唆している。その原因は、大気中の酸素分圧の増加であるとFarquharらは考えている。
文献
Cameron, EM. 1982. Sulphate and sulphate reduction in early Precambrian oceans. Nature, 296, 145–148.
Hattori, K; Cambell, FA; Krouse HR. 1983. Sulfur isotope abundances in Aphebian clastic rocks: implications for the coeval atmosphere. Nature. 302, 323–326.
Ohmoto, H. 1992. “Biogeochemistry of sulfur and the mechanisms of sulfide‐sulfate mineralization in Archean ocean”. Early organic evolution. Shidrowski, M., ed. Springer‐Verlag, 378–397.