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金星の動きと形の変化
中学校理科授業における実践


金星の満ち欠けを観察しよう

 今年にはいってから金星は宵の明星として南西の星空にひときわ明るく輝いた。金星と地球の会合周期は約2年。金星の満ち欠けの観測を行うにはまたとない機会である。

 「いま金星が南西の空に輝いて見えるんで、金星の観察を重視した授業ができないかな」

 岐阜大学の川上紳一はこう言って、長良中学校の山田茂樹に話をもちかけた。

 「以前にも、そういう話をしたことがありましたね。こうしたチャンスはめったにないので、今回はなんとかやってみましょう」

 と山田はその場で返事をした。昨年の暮れのことであった。

 二人は、5年ほど前、岐阜県西部にある根尾谷断層の野外観察を取り入れた授業を行っていた。狙いは断層地形から活断層が繰り返し地震を発生させてきたことを読みとることであった。そのために、クラス全員が夏休みに根尾村を訪れ、野外での体験観察学習を行った。その時の茶畑の屈曲や河川の屈曲の観察から、生徒らの探究活動で活断層が繰り返し地震を発生させてきたという事実に気がつくことができた。こうした授業は、中学校理科で初めての試みであった。山田はその時の授業実践に大きな手ごたえを感じていた。そしてクラス全員が共通の体験をもつことが理科授業の実践の基本であると考えるようになったのだった。

 今回は、金星の満ち欠けに関する授業実践を試みようというわけである。だが、どのように授業を展開するか予め決まっていたわけではなかった。確かに金星の動きを継続して観察すれば、位置の変化や形の変化に気づくことができる。しかし、生徒一人ひとりが関心をもち興味を高め、クラス全員が体験を共有し、大きな感動へといざなうにはどうすればよいか。

 しかし、授業展開をどうするか定まらない状況のもとで、授業の取り組みを始めなくてはならなかった。2001年1月から山田は受けもちの3年生のあるクラスの4名の生徒と日没時の金星の方位と高度に関するスケッチを開始した。指導に当たっては、いつでも、どこでも、誰でもできる方法による観察を重視するという方針をとった。そのため方法もいたって簡単で、決まった場所を選び、そこでの南西の方角の風景をスケッチし、金星の方位を記入する。高度の測定では、腕を前にのばし、手をにぎりしめてこぶしをつくり、こぶし1つが10°として高度を見積もるというものである。 つぎに金星の形の変化が問題になる。それには望遠鏡による観察が不可欠だ。生徒らの日々の位置観察に金星の形を記入する資料として、川上は岐阜大学教育学部の屋上の天体望遠鏡にCCDカメラを取りつけて、学生たちの協力を得つつ金星の撮像を始めた。得られた画像を生徒に手渡し、生徒たちのスケッチとつき合わせて授業を行う時の資料にするためである。

 この授業は、大学の天体望遠鏡施設と中学校の教室を近づけるところに工夫が必要だ。そのために実際にどうすればよいかを話あった結果、継続的にスケッチを行っている生徒たちに、休日を利用して大学に来てもらい、いっしょに観測をしようということになった。また、大学の望遠鏡で得られた金星画像は数日以内にホームページに掲載し、中学校や生徒の家庭からインターネットを通じてアクセスできるようにすることも今となっては容易だ。

 こうして、長良中学校と岐阜大学で、それぞれ金星の観察が続けられていった。あいにく1月は天気が悪く、金星を観察できた日はわずかに6日しかなかった。2月にはいり天気の良い日が多くなり、金星画像は日ごとに増えていった。岐阜大学のホームページに金星画像集が掲載されたのは、2月上旬のことである。岐阜大学のメンバーにとっては、日ごとに金星画像が増えていくことが喜びとなりつつあった。


[はじめに]
[1.金星の満ち欠けを観察しよう]
[2.双眼鏡を使ってみませんか]
[3.天体望遠鏡はすごい!]
[4.指導計画]
[5.双眼鏡とにぎりこぶし法でチャレンジ]
[6.天体望遠鏡の組み立てキットがあった]
[7.天体望遠鏡を作る]
[8.やせ細った金星]
[9.まとめの授業]
[10.生徒の反応]
[11.授業をおえて]
[おわりに]