ハヴィランド・クレーター

1885年カンザス州ハヴィランドで農場を経営していたKimberlyは、敷地のなかで鉄隕石を発見した。その後相次いで隕石(パラッサイト隕石)が発見されたため、隕石農場として有名になった。ここで発見された隕石はブレンハム隕石と名づけられた。
1925年この農場にやってきたH.H. Niningerが円形の窪地に気がついた。そして1933年に詳しく調査した。窪地の差し渡しは17 m × 11 mである。彼は長軸方向にトレンチ調査をして断面を調べている。その際に多数の隕石の破片を回収した。

隕石を捜し求めたニニンジャー

1923年、雑誌‹月刊科学(Scientific Monthly)›にA.M. Millerの隕石に関する記事が掲載された。この記事には、隕石は宇宙からやってきた固体物質だが、ほとんどの人々はその存在に無関心だと書かれていた。ニニンジャー(H.H. Nininger)も隕石の存在には無関心だったが、この記事を読んで興味を惹かれたという。
この記事を読んでから数ヶ月後、Niningerの一生を大きく変える事件があった。1923年11月9日彼の頭上を巨大な火球が落下したのである。彼はすぐに落下地点へ出かけて隕石を探した。結局、隕石は見つからなかったが、これ以後彼は、鉄隕石を求めて世界中を巡り歩くことになった。
その第一歩として、1925年から彼はカンザス州の隕石農場へ出かけていき、たくさんの隕石を採集するとともにクレーターを発見し、調査した。